めろんぱんなのブログ

めろんぱんなのブログ

宝石たちみつけよう

Amebaでブログを始めよう!

自分に起こった記憶は、

何の為に存在しているのだろう。

 

成長とはどういう状態のことを指すのだろう。

 

 

 

その意味を考えたいと常々思っています。

 

 

 

 

 

そのきっかけにあることは、

私の人生で一番最初の記憶だったのではないかと

思いを巡らせるうちに最近ハッと気づきました。

 

 

 

 

ある瞬間の出来事。

 

暗い部屋の中で朧げながら意識が明確になり、

隣で寝ていた誰かがすぐに抱き上げてくれたのがわかりました。

その人が笑顔の表情を確認して、手でしっかりと抱きかかえられ、

揺り篭のように揺らされていることを全身で感じていました。

 

 

 

その事実が、あなたはここに居て良いんだよという

心の方向性を感じ取るような感覚として

そのまま意識が遠のいていきました。

 

 

あの瞬間、あの人は同じように動く仲間として見ている。

今は“母親”ということだったと認識できるようになりました。

 

そして、あの瞬間はただその場を感じるだけでしたが、

今なら“夜泣き”の一コマだったのではないかと、納得できますが、

その意識は当時はありませんでした。

 

しかし、記憶を細かく思い返すと

自分が泣いていたという感情を認識できていないし、

周囲の状況は何も認識・把握しようともしてもいない記憶。

 

それが後になって思い出すと

映像の1つの断片のような出来事でした。

あれが初めての記憶に思えます。

 

その記憶と脳の関係を科学の観点が見ると、

“記憶は感情によって定着する”との記事を見たことがあります。

 

最初の記憶が感情に結びついているとするなら

私は感情を感じる能力が真っ新であるはず。

 

その中の状況と母親の感情を認識して、

その感情を学んで記憶をしていたのかもしれないと思いますが、

事実として謎は深まるばかりです。

 

 

 

それから後の記憶の時系列を辿ると、

 

当時自分が覗ける景色について、

着ぐるみでありお人形の様に感じる肉体をかぶっていて

その中から見ているような感覚でした。

 

それはなぜそう感じたのかと言えば、

 

見える景色が現在見ている視点より

眼球の周囲に影が確認できて

後ろ側から見ているような光景だったのです。

 

 

 

その着ている身体が重くて重くて

早く脱ぎたくてどうしようもなくて

とにかく無造作に歩き回ろうとしていたように記憶しています。

 

今考えると、歩き始めた2歳半頃の記憶かもしれない。

物事を考えるようになれたのはこのやりとりからかもしれません。

 

 

 

 

そしてある日、自宅の前を歩いている時に

ふと電撃が走るように二つの真っ向からの対立するような感情と意識が

脳裏に弾き出されるように生まれる瞬間を思い出します。

 

 

●「もう苦しいこの場所から逃げ出したいけどどうしたら良いのだろう」と、

身体が重くて苦しいことに嘆くことを認識できるようなはっきり浮き出る感情。

 

●「この場所に居るためには全てを受け入れるしかない」と、

その答えを導き出すかのように諭す感情。

その両極端な葛藤する意識のやりとりはしばらく続きました。

 

 

数年経ったある日、その二つの衝突する意識の折り合いが付き、

全てを受け入れる覚悟ができたようにスーっと波が穏やかになるような感覚でした。

 

その間に時間をかけて見える景色が徐々に馴染んでいくように日常が過ぎ去り、

ある日、気づいたら着ぐるみのような重い感覚はなくなっていました。

6歳くらいの感情の記憶です。

 

 

 

この一連の記憶から

 

新生児は、今ある出来事をそのまま受け入れることで

 

新しいことを11つ学んでいく。

 

そして歩き始めてからは、

 

自分と環境における二つの状況と感情を融合するために

 

自分の納得できるだけの時間を掛けて模索していくの

 

ではないかと思えるような経験でした。

 

 

そうした過程を経て、新生児から幼児へと各細胞が分裂し、

 

全てが真新しい経験内で新生されて進み行く間に

 

生が死を選ぶのか必死で格闘し、

 

生き抜く力を獲得しながら日々を

 

生きる葛藤として内省していると思えています。

 

 

その結果として客観的に捉えられることが

 

“自我”という意識なのでは

 

ないかとも考えられるようです。

 

そこには客観的に見ると、

 

人それぞれ歩き始める時期や言葉を話せるようになる時期に

 

個人差があるのはそのためかもしれないとも当てはまってきます。

 

 

 

私の幼少期の記憶は、思い出そうと意識すれば

 

その断片は全てが鮮明です。

 

そのままを記録できるような環境で感情を学び、

 

その感情を維持しているような安定できる環境をつくってもらっていた

 

家族の存在が浮き彫りになることに思えて、感謝しかありません。

 

現在の脳における『認知科学』の観点からも理解できることで繋がります。

『認知科学(にんちかがく、英語:cognitive science)は、情報処理の観点から知的システムと

知能の性質を理解しようとする研究分野。認知科学は以下に挙げる諸学問の学際領域である。』

wikipedia参照)

 

そして、記憶ができるということそのものについて、

どういった仕組みになっているのだろうと考えておりました。

 

 

 

「典型的な記憶とは、過去のある時点で活発だった

脳の複数の部位のつながりが、再び活性化することでしかないのです」

(神経科学者のニコライ・ククシュキン氏談)

 

ここでも私の幼少期時点の記憶は、活発であったことで

再度思い出す際には再度活発化しているということの

理論と繋がるように納得しました。

 

 

その中で幼児の段階で記憶を

時系列で細部まで認識していたことに

不思議で仕方がありませんでしたが、

 

記憶とは「脳に蓄積される」ものではなく、

記憶が存在できるのは、脳内の分子、細胞、シナプスが

時間を理解している」からとのこと。

 

 

記憶は脳に蓄積されていないということに驚きました。

過去は蓄えられてないならば、データではないのかもしれない。

=コンピュータのような通念とは意に介した

システムなのではないかとも私なりに考えています。

 

そこには「生命の系統樹のどこからでも見つかる。

神経系をもたない生物ですら例外ではなく、

研究者たちはバクテリアに光の点滅を予測させることに成功している。

アメフラシの反応のような原始的な記憶であっても、進化的観点からは有利になる」

その結果として

「生物が過去の一部を未来と統合し、新たな課題に挑戦できるようになる」という

結論になるそうです。

 

それは生命の系統樹である地球上の生物に共通の反応ということ。

長い歴史の中で蓄積されて構築された根源であることに思えます。

 

それは、「記憶とはシステムに起こった変化であり、

そのシステムの将来の働きを変化させるもの」と定義されているそうです。

 

そこには時系列として認識している脳のシステムがあり、

細かい砂のような記憶を繋げて、

結び付けることには法則性があり、

その法則性を脳が認識するから記憶が時系列で思い出せるそうです。

 

 

それは、現在の置かれる状況に

経験と思考の時系列での順序が前提にあり、

その材料として必要な時に記憶が再構成され、

今の行動に意味を添えるようなイメージが湧きます。

 

 

まずは、胎児から地上に産まれた時

母親と私という関係の繋がりが少なくとも生じています。

その間のコミュニケーションをとる行為がなければ、

いつか生命の死を遂げることは考えるに容易いことに思えます。

 

生命を維持するために必要不可欠だったことは

数多くあると思いますが、

 

その中でも過去の系列から見ると

日本語という言語とコミュニケーション能力を会得したことがあります。

 

結果だけを見ると

「いつの間にか覚えていたかもしれない」と勘違いしてしまいます。

 

それは、今置かれている環境で生き抜くために

母親や家族等の身近な存在から見よう見真似で習得できたこと。

誰もが通る道筋だったのではないかと思うと、

当時は、人間の成長の模範生だったかもしれません。

 

 

 

その記憶を11つを紐解こうとして考えると

必要性に駆られてしたことは全てに過程があったとも思い返せます。

 

当時は、母親や兄弟の行動を観察して、真似をする。

私は二歳年上に兄の後ろにいつもくっついて回って

真似っ子ばかりしていました。

 

小学校に上がり、兄が文字を書くようになれば、

追いつこうと私も文字を書けるように練習していました。

 

兄が自転車に乗れるようになれば、

私も自転車をねだり、補助輪が付いていることが恥ずかしく、

「早く乗れるようになりたい」という

一心だけで失敗しながら進んでいた記憶が蘇ります。

 

それぞれが進化する過程が細かく連なりがあって、

それは些細な“できること”が増えて行くことなのだろうとも思えます。

 

記憶と現状況を見比べて

目の前の困難の中で次にどんな行動をすることで

生命を維持できるのか?」という問いがあり、

 

その答えとして

今の状態から未来に変化を与えるため

関連した情報を脳が探し始める。

 

記憶として連なった時間の流れに紐づくように存在する思い出。

それは、

その再構築された情報映像が『記憶』だとすれば、

現在の状況に対して記憶を呼び起こす必要性を

感じたときに活用するもので、

 

その記憶の存在意味は新たな行動を試むための

参考資料がなのかも知れないと思うようになりました。

 

その一連の行動を続けた最善と思える結果が

成長になるのかもしれません。

 

現在まで育ててもらえたこと、

今を生きていることが尊いものと深く感じられます。

 

 

 

 

 

 

しかし、そこから社会に出ると目の前に立ちはだかる

“お金を稼ぐこと”の概念が付加されていきます。

 

成長とお金の関係性。

成長をすることでお金が付与されるわけではない。

私はここでつまづいてしまいました。

 

成長する意識と社会が求めているものの大きな溝。

 

資本主義のシステム。

よりよい生活を維持したいという欲求を

お金という価値に替える。

 

会社の方針に合わせて

自分の意志を抑える日々だった時、

その意味を見いだせなく、

記憶が思い出しづらくなりました。

 

全く言葉が思い浮かばなく、

言葉ですら発することが困難になり、

物事を考えることですら停止してしまう。

 

全ての物事が“面倒くさい”と言うことが口癖になりました。

 

人間にとって覚えることと同じくらいに

忘れることも重要なのだそうです。

 

忘れるということは今の現時点での作業に集中ができる点でも

良いことだと分かります。

 

それにしても脳が停止状態というのは異常を感じずには

いられませんでした。

 

その状況は、『心因性記憶障害』に当てはまりました。

(心因性記憶障害は、精神的なストレス等によって記憶が失われてしまう障害です。

通常、過去のことを思い出せない逆行性健忘で、不快な体験や出来事、特定の人物を

思い出せなくなることが多いとされています。)

 

医師によると

「じわじわ続く慢性的なストレスがよくない」という。

ストレスにさらされると、体内ではそれに対抗しようと

コルチゾールというホルモンが増える。

この状態が長期間続くと、過剰なコルチゾールが

脳を傷害し、海馬などの萎縮を招くとのこと。

 

脳が消し去ろうと全てを抑制してしまう動きが働いたのだと感じました。

 

その状態を続けていくことで脳が傷害していくことにより、

『うつ病』に繋がることを体感として感じられました。

 

 

そこで、

義務教育の過程の中に

『資本主義』の内包される意味を

垣間見ることはできなく、

 

社会に出てもその意味を知る方は

極少数であることも実感しました。

 

成長しようという思いと

システムの狭間にあることで

自我を押し込めることで病気になる意味を

身を呈して実感しました。

 

このシステムに含まれる意味を

読み取れた者が“成功者”となること。

 

疑問を感じつつ、

 

その狭間で模索しつつ、

 

今も理解できないことだらけで格闘の日々ですが、

 

 

11つの理由を知りたい気持ち。

 

 

その意味を知るためにまた一歩進んでみます。