こんにちは。中小企業診断士試験を受験しています、なるみです。

 

報告が遅くなり、大変申し訳ございません。

 

平成29年度の試験は不合格でした。

 

心技体の全てを揃えないと合格出来ない、厳しい試験で有ることを再認識しました。

 

午前中の段階で、数十点が一度に消し飛んでしまうようなとんでもない大ポカをしており、

不合格を確信していました。

 

案の定、その事例はD判定でした。

 

自分の問題点はメンタル面の不安定さでしたが、それを克服することはできていなかったようです。

 

知識や解答技術は十分だ、とは言えませんが心技体で言うなら明らかに「心」が弱い私です。

 

もちろん、その「心」も中小企業診断士にとって重要な資質であり、

国もその部分での選別を行いたいであろう事は試験問題から読み取れますので、

それも含めて診断士試験合格に相応しい実力が足りていないということです。

 

2年間頑張ってきましたが、泣こうが喚こうが試験は点数が全て。

厳然たる結果を突きつけられて、それを直視するのは辛いですが、

受け止めて咀嚼しないことには次に繋がりません。

 

まだ決心していませんが、3年目のチャレンジはおそらく行います。

弱いから負けたのなら、強くなって勝つのみです。

これは自分が、今の自分の殻を破って成長するために乗り越えなければならない壁だと思います。

 

でも、「望むところだ、とことんやったろうじゃないか」と思う自分と、「どうせ俺なんてこの先も無理に決まってる」と思う自分と、両方います。

きっと完全にポジティブになれることは無いと思いますが、ネガティブな自分とも上手く付き合いながら、自然体で頑張れる心を保っていければと思います。

相変わらず、どんより低調ななるみです。

(すみません、「落ちたと思っても、案外受かっている」というこの試験のセオリーに逆らうようですが、落ちている前提で話をさせてもらいます。

「あれが書けてない、ここも書き忘れた」「ここをこうすればよかった」程度のミスはこの試験では大きなキズではないと思うのですが、自分の犯したミスがそんなレベルではない、日本語が読めればやらないレベルの大ポカなのと、その他の全体の難易度に対しての出来具合で落ちたと判断しています。)

 

この二年間で、勉強時間は2,000時間をゆうに超えました。

 

診断士の勉強そのものは、本当に楽しく、苦痛を感じながら嫌々机に向かうと言うことは有りませんでした。

月平均で100時間を超える勉強時間も、何かを我慢して泣く泣くという感じではなく、趣味の一つとして楽しんで取り組めていたように思います。

もちろん、時間は有限なのでこの間出来なかったとも多いですし、なんだかんだで毎日毎日勉強するというのが全くしんどくなかったわけではないですが、それ以上に新しいことを知り、自分が日々向上していく喜びが勝っていました。

 

それでも、やはり結果が出ないと苦しいものです。

去年は、「まだ来年があるさ。あと一回チャンスがある」と思っていましたが、今年落ちたら大きな敗北感を感じると思います。

 

世の中には勉強時間400時間、500時間で受かりましたという人がいます。

ブログなどでよく書かれていますよね。

極端な例だと200時間とちょっとで二次試験まで受かったとか。

 

それなのに、自分は2,000時間を超える勉強をしても受からない。

極端に無駄なこともやっていなかったと思います。1次試験は正直、安全策で過剰にやりましたけどね。

 

なんなんだろうと思います。バカなんだろうか。

自分が圧倒的に劣っていると突きつけられたような、不甲斐ないというかなんというか。

 

色々な人が期待して、応援してくれたのに、それに応えられない、情けなさ、悔しさ、恥ずかしさ。

自滅という形で全く話にならない状態であることが余計にそう思わせます。

 

こんな自分が、診断士資格を仮に取れたとして、能力の面でも、メンタルの面でも、つまり総合的に診断士として、果たして使い物になるんだろうか。。。

もう、自分には色々無理なんだろうか。。。

そういうことを毎日考えてしまいます。

試験終了後も各種試験関連のイベントや、受験生同士の飲み会等でなかなかゆっくりできないなるみです。

 

先週、受験仲間の飲み会に参加したんですが、今年の二次試験に落ちた場合、養成課程を考えている人が数名居ました。

 

その人達は、診断士資格をとって独立するという明確なビジョンがあり、資格取得は目的ではなく手段だから、お金と時間で確実にモノにできるチャンスがあるなら利用するという考えです。

 

なるほど、確かにそうだなと思いました。

診断士試験に限らずですが、試験は不確実性が高いものです。

もちろん、努力で実力を高め、合格可能性を上げていくことは出来ますが、

100%の合格率というのは望めないことです。

試験当日の強さという個性もありますし、優秀な人が、4年、5年、6年とかかるという話は、そう珍しくもありません。

 

その間の勉強というのは、既に知っていることの覚え直し、出来ていることの更なる盤石化という側面が強くなるでしょう。

実際自分も、来年また1次試験の勉強をするのであれば、もはや新しい知識を得るという事ではありませんし、2次試験に関しても、また新しい気づき等は有りながらも大部分は今出来ていることのブラッシュアップということになるでしょう。

(2次試験の勉強は、深く入りすぎるとむしろ合格からは遠のくと思っています。むしろ、ほどほどのことを当日の緊張感の中でどれだけ確実にやれるか、が鍵でしょう。)

そして、試験当日のメンタル関係は実践的訓練も出来ず、また一発勝負になる・・・。

そんな1年間だと思います。

 

養成課程の話を聞いているときに、その受験仲間に言われました。

「なるみさんも、受けたらどうですか?同じ1年過ごすなら、試験対策に終始する1年より、実践的なスキルを学べ、確実に診断士資格に繋がる1年の方がいいかもしれませんよ」と。

 

正直、かなり揺れました。というか、揺れています。

自分は養成課程など全く考えていませんでしたが、言われると一理あるどころではないと思いました 笑

来年も受かる確証など何一つない中、実務に直結する学びをしながら、確実な資格取得を目指せるというのは、かなり魅力があります。

(もちろん、養成課程を卒業することも並大抵では無いと思うので、「確実」というと語弊があるのは分かっていますが、一発勝負の試験と比較して相対的に、という意味合いです)

 

幸い、時間の確保はなんとかできそうですし、お金も苦しいですが用意は出来ます。

 

ただ、自分が診断士を目指した最初の目的を考えると、養成課程に行ってどうなのかな、とも思うんです。

色々と複合的な理由がありました。

独立や副業による収入増、スキルアップ等も考えていましたので、それだけなら養成課程を単なるそれらの手段と捉えること出来ます。

ただ、自分にとっては診断士試験は「チャレンジ」「自分に自信をつけたい」という趣旨もありました。

 

養成課程に進んだ場合、そのチャンレンジ等の部分に関して、逃げたという負い目を感じてしまうのではないか。それが怖いです。

診断士試験を受ける人は様々な目的を持っています。

ですから、その目的のために最善手として養成課程を選ぶ人を「逃げた」などとは毛頭思いません。

ただ、自分にとっては「逃げ」になってしまうのではないか。その葛藤があります。

反面、そういう感情の面にとらわれ、合理的な選択を出来ないことこそが自分の弱点なのではないか、とも思います。。。

 

つい先週まで考えていなかったので、全く明確なものが自分の中になく、その状態でたとえ入れたとしてもやっていけるのか。

250万円払って行って、自分にとって意味があるのか。

 

そんな考えがグルグルと頭の中を渦巻いています。。。