自分を語る ⑬ | リーブラ

リーブラ

てんびん座です。
てんびん座のことをラテン語でLibra(リーブラ)と言います。
2023年の9月末で73歳になりました。
この世界はバランスで成り立っています。
そこに使命があり、この時期に生まれた理由があります。

自分を語る 

 

東京でデートは夜。彼女のアパートの夜の門限まででした。

毎晩だったかな?

行く場所は喫茶店でした。他愛もない話だったと思います。たぶんね、記憶にないもの。

当時、流行っていた曲は、ヒデとロザンナの「愛の奇跡」、歌手の名前でないけど「黒猫のタンゴ」。

尾崎紀世彦「また逢う日まで」。グループサウンズも全盛でした。

日曜や祭日の日は、やっぱり喫茶店にも行ったけど、映画、「ある愛の詩」、もっと見たけど

覚えてない。公園、遊園地にも行った。船での東京湾クルーズ、第一回目に乗ってる。

隅田川の船での川下り、横浜山下公園、休みの日は毎回デートしてた。俺、自分で遊びの

天才かな?なんて思ったこともある。

俺、東京から家に帰ってきたから、別れたようになってしまった。

鳴子に花屋の店をやってから、一度、彼女が来たことがある。夜中に車で女川まで送って行った。

「あなたには、お嬢さんタイプが似合うのよね。」と言われたことがあったけど、その真意は

いまだに解からない。

初恋って呼べるものだったんだろうか?

 

東京に行ってから、間もないころ、神奈川の厚木市に行ったことがある。

母親の妹の娘が厚木市の大きい病院で看護婦をしていて会いに行った。その後彼女は結婚して、厚木市のそこの病院の近くにカレーライス専門店の店を出し、結構繁盛してた。その時も一度行ったことがる。

あと行ったのは、埼玉のジョンソン基地。2番目の兄貴がそのジョンソン基地で働いていた。

兄貴の家は、埼玉の飯能市の近くに住んでいて、しょっちゅう行きました。(2020.05.03 4:10 思い出しました。所沢市です)

嫁さんは親父の姪に当たります。娘が二人いました。

兄貴に連れられて、ジョンソン基地内のボウリング場で初めてボウリングとやらをやりました。

最初の一投目、忘れられません。前でなく後ろに落としてしまいました。

ボールの落ちた音、凄く大きく聞こえたよ!。

これ、恥ずかしかった!

忘れられないと言えば、兄貴の結婚式のことです。遡ること3年くらい前でした。

いえ、何年前だか定かでない。とにかく高校生だった。

結婚式の写真、カメラ2台首から下げて撮ったのは良いんだけど、写真一枚も写ってませんでした。

たった一枚だけ、小学入学前の女の子が晴れ着を着て、縁側に座っていた写真、奇麗な写真でした。それだけでした。

そのあと何年もそのことを思い出します。

カメラのことをよく知らなかったんですね。のりでだけでやったんでした。

今思い出しても、ああ恥ずかしい!。