卯月梨沙 写真集『不透明なけもの』 | NARUのブログ

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だいぶ休眠状態が続いておりました。

敬愛するデザイナー「前田誠氏を讃える」という当ブログの当初の目的は、ご本人と直接お会いする機会も増えた頃から一定の役割は終えたと考えております。

 

今回は前田氏(40年?)ほど前からではありませんが、以前より注目している写真家、卯月梨沙氏の写真集、『不透明なけもの』を取り上げたいと思います。

 

卯月梨沙氏は1988年生まれ、2018年より写真表現中村教室に在籍、小宮山桂氏に師事。

以前より様々な形で表現活動を行っていたが、2022年より本格的な写真表現活動を開始。

 

2022年には「清里フォトアートミュージアム」における『2022年度ヤング・ポートフォリオ展』にて作品『幽明』シリーズより6点を永久収蔵。同じく『幽明』シリーズの個展を「ニコンサロン新宿」にて開催。

2023年には 第29回 酒田市土門拳文化賞の奨励賞を受賞。また『2023年度ヤング・ポートフォリオ展』でも新たに『幽明』シリーズより6点を永久収蔵。

そして11月28日より個展『不透明なけもの』を開催。同名の写真集を出版された。

開催・出版後主に現役の写真家を中心に、大きな反響と評価を受けている気鋭の写真家である。

 

私は写真は全くの素人ではあるが、いちファンとして写真集『不透明なけもの』および卯月氏の作品の魅力を語りたいと思う。

 

まず被写体となっているのは多くは日本画家である楢崎くるみ氏。そして自然、動物、街角、家屋内等、様々なものを対象としている。全てがモノクロであり、多くは対象を画角の中心に確りと据えている。

しかしそれでもなお「いったい何が写っているのか?」が解らない対象物も多く、さらに周辺の事物も解像度高く捉えられている為、写っている全ての事物が暗示的に感じられてくる。

 

そして「非日常」と「日常」の狭間のような、一瞬の光景を切り取る事により、その風景の向こうの「異世界」、あるいはそこに存在しながらも不可視な「並行世界」に触れるような、独特の感覚をもたらしてくれる。

裸体を捉えたショットも多いのだが、所謂男性の視線としての「エロス」の表現とも、女性目線での「美」の表現とも異なる、今まで見た事のない裸体表現と感じる。

もちろん見る人によっては女性的なフォルムの美しさと、それに伴うエロスの香りを感じる事も出来るだろうが、個人的には「肉」としての存在感、背後にある野獣というよりむしろ脆弱な、しかし血生臭い「けもの」の獣臭のようなものを感じる。

ありふれた言説かも知れないが「芸術家とは神々(あるいは精霊)の御業をこの世に齎す依り代」とする考えがある。卯月氏は楢崎氏以外にもアーティストを被写体とすることが多いが、それもまた対象を「依り代」として異世界を現出させようとしているのかも知れない。

もう一つの魅力は写真集としての構成の面白さである。多くは左右の2枚組であるが微かなフォルムの相似、あるいはテクスチャー感の相似が感じられる組合わせであったり、無機物と有機的な肉体の対峙等、組合わせる事での表現の強化が感じられる。

そして装丁と題字であるが、これだけある意味ダークな世界観でありながら、ありきたりとも言える「黒」を採用せず、有機的に感じられる白いコットンの装丁としている。そして楢崎氏による題字もまた頼りなげではあるが肉体性を感じさせ、内容との素晴らしい調和を見せている。

被写体は多様ではあるが、文脈、文体共に特異な、他に類を見ない強烈かつ強固な個性を持つ作品であり、作家性と感じている。

限定発売の為、写真集の在庫は既に僅かとなっているようではあるが、ぜひ一度手に取り、その世界に触れて見て欲しい。