今回も前回の記事に引き続き、卯月梨沙氏の作品について取り上げる。卯月氏が自身のライフワークとして位置付ける『幽明』シリーズである。
実は先回の記事で取り上げた作品『不透明なけもの』もまた、『幽明』シリーズからセグメント化されたある意味派生的な作品であった。
実は先日、新井薬師前のギャラリー「スタジオ35分」で行われた同名の個展において、『幽明』シリーズは「第二期」とも言うべき段階に入った。製作の手法には非常に大きな変化があったが、その作風自体は通底するものがある。
今回は、次回大阪中崎町の「GALLERY 04 街区」で開催される卯月氏の個展「コノ日」の内容に合わせ、その「第一期」とも言える時期の作品をメインに取り上げる。
※開催は2024年11月1日(金)~ 2024年11月18日(月)。
※画像については著作権保護の観点から全て卯月氏のサイトへのリンクとして提示する。ぜひ画像も確認しながら読み進めて欲しい。
タイトルである『幽明』であるが、ありていに言えば『幽』は彼岸であり、『明』は此岸である。
「生死」「明暗」と同様、相対する二つの事象を示す言葉であり、それ自体がある状態、事象を指すものではない。
作品『幽明』が示すものは「幽明」の「境」であり「あわい」である。
卯月氏は多様な手法により、此岸にある異界への入り口を探索し、あるいは新たにこじ開け、我々の前に提示してくる。
手法のひとつは、膨大と思われるフィールドワークを通して「場所」「時刻」等々の多様な条件の元に、恐らくは「ほんの一瞬」現世に出現する「境」を「閃光のようなショット」で切り取り、プリント上に写し出す方法である。
道祖神信仰というものがある。後に派生して様々な信仰形態があるが、主に村や集落の「境」、峠などの路傍に設けられ、外部から(時には異界から)の災厄の侵入を防ぐ「結界」としての役割を担う。
卯月氏の作品に写し出される風景は、本来こうした「結界」としての存在が必要でありながら、見逃され、放置されてしまった空間であり、瞬間では無いだろうか。
何気ないとも言える日常の風景の中、ふと出現する異世界への入り口。それを卯月氏は突き付けてくる。不自然に盛り上がった水面のその奥に私は異界を見る。
(↓画像リンク)
もう一つの手法は「人物」をある種の「依代」として、異界への入口を現出させる方法である。
卯月氏は被写体として所謂アーティストの方を撮る事が多いが、優れたアーティストの方々においては、自身の中に既に「異界へのチャネル」を持っているのではないか?と思わせられる方も多い。
そのある種の「才能」とも言える能力を用いて、異界への扉をこじ開ける事を試みているのではないだろうか。
この作品では、被写体の方の存在が、あたかも「道祖神」そのものであるかのように見える。そして私は背景の樹木の塊や足元の影に、後に道祖神信仰と融合した「六体地蔵尊」のイメージを見る。
(↓画像リンク)
そしてもう一つの手法は「呪術的」とも言えるある種の「儀式」を捉えた(様に思われる)作品群である。
特定の時刻、特定の場所で特定の行動をする。その手法は単に直観によるものか(あるいは「未知の魔導書」に則ったものか?)は不明だが、その儀式は見る者の脳内に異世界を現出させる。
たとえば「深夜、丑の刻に仏壇を置いていたスペースの中に全裸で立つ」と言うのは、なかなかに呪術的な行動ではないだろうか(「丑の刻」は想像であるが)。
(↓画像リンク)
この手法のシリーズ(と思われるもの)では被写体が裸体であるケースも多いが、アマノウヅメの神代から、天岩戸の「扉をこじ開ける者」は裸体であったし、魔女たちの「サバト」では魔女たちは全裸であるという。「『呪法』を扱うものたちは裸体である」という事は、ある意味伝統であるとも言えよう。
「第一期」 の作品群としてはこの「呪術的」な儀式めいた作品群の印象が強い。
奇矯な儀式的行動の不穏さ、裸体・肉体のフォルムが持つ視覚的強さ、被写体自体のキャラクター性による印象とが複合し、そして多くの場合デジタル撮影により、その全てが非常に解像度高く捉えられている。画像の情報量は凄まじく多く、一種の「圧」さえ感じられる。
(一部には「恐怖を覚える」と言う方もいらっしゃると聞く。)
いわば「第二期」となる先回の「スタジオ35分」での個展からは、大きく手法を変え、全てがフィルム撮影、ゼラチンシルバープリントでの製作となった。
さらにはフィルムをあえて劣化させる事で予測不能なエフェクトを加え、さらにはネガの保存性が失われる為、プリントは複製不可能な一点物のオリジナルプリントのみとなっている。
大きな進化と「深化」を遂げたと感じられた、こちらの作品群についてもまた駄文を掲載予定であるが、ますは「第一期」作品のみで構成されるという大阪個展にて、凄まじい「強度」を持った作品群を見届けて欲しい。
また、画面上の「画像」では伝わらないものが多いが、卯月氏のオフィシャルサイトでも作品の一部はご覧戴ける。 主に「第一期」の作品であるが『土門拳文化賞奨励賞』や「清里フォトアートミュージアム」の『ヤング・ポートフォリオ展』選出による永久収蔵作品など、既に評価を受けた作品も多い。
「第二期」の作品群については、いくつかは卯月氏のインスタグラムに掲載されている。
但し、「第二期」の作品群については、銀塩ならではの黒の階調やプリント紙の光沢等々「第一期」以上に、画像では伝わらない部分の多い作品群となっている事を申し添えたい。
<蛇足>
次回「第二期」についての稿の前に、蛇足ではあるがそれぞれの特徴を感じて戴くヒントとして、個人的に相通じるものを感じた楽曲を提示してみる。
「第一期」 は明瞭かつ力強い音列の嵐の中にミスティックな響きを生み出したMcCoy Tynerの「Stella By Starlight」。
https://youtu.be/YVHxNFyqUgw
「第二期」 は深いディストーションとエコーのエフェクトの向こう側に、幽玄の響きを生み出した Terje Rypdal | Miroslav Vitous | Jack DeJohnette の「Sunrise」を想起した。
https://youtu.be/aHMcJq0yL-E
興味のある方は聞いて見て欲しい。










