腕時計
2人は同棲中。
全て玉井目線。
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「詩織、これあげる」
「え?今日なんかあったっけ?」
「いや特になんもないよ」
「…じゃあなんで?」
「なんとなーく」
夏菜子はたまにこうやって、なにもない日に私にプレゼントをくれる時がある。
今日は可愛いイヤリングだった。しかもそれはただの可愛いイヤリングなんかじゃなくて、この前2人でショッピングに行った時に私が手にとって見ていたイヤリングだった。欲しいなぁ、とは思っていたけどあまりにも可愛いデザインで買うのをやめたんだった。
「ありがと夏菜子、これ欲しかったんだ」
「やっぱりね、付けてあげよっか?」
「じゃ、お願い」
少ししゃがんでイヤリングをつけてもらう。
「うん、よく似合ってる」
「でもこれ、私には可愛すぎない?」
「そう?別に大丈夫だよ」
------なんて会話を交わしてから1週間。
私も夏菜子にサプライズプレゼントを贈ろうと思い、夕方のショッピング街を1人で歩いていた。
夏菜子の欲しいものってなんだろう、あんまりあれが欲しいこれが欲しいなんて言わないから全然分かんないな。
悩みながら歩いていると、時計屋のショーウィンドウに目がいく。そこにはちょこんと2つ並んだシンプルなデザインの腕時計があった。どんな服にも似合いそうなデザインで、高級感がある。カップル用なのか、少しだけベルトの色が違う。
思わず一目惚れをして、店の中に入った。
無事に購入を済ませて、スキップしそうな勢いで帰路に立つ。でもそこで気づいた。
夏菜子って腕時計するっけ…。
邪魔だと感じてしたがらない人もいるよね…
どうしよう。いつも夏菜子は私の欲しいものをくれるのに、私は夏菜子の欲しいものをあげられない。もらってもきっと……。
全て悪い方へと考えてしまった。
あ、玄関に着いちゃった。
なんとなく背中に小さな紙袋を隠した。
「ただいま」
「おかえり詩織〜」
夏菜子はちょうどストレッチをしていた。
あれ…ってことは…
「夏菜子、もうお風呂入ったの?」
「うん。汗かいて気持ち悪かったから」
「あ、そう…」
まずい。非常にまずい。夏菜子がお風呂に入ってる隙に脱衣所にポンと置いてきたかった。それなら第一リアクションを見ないで済む。なのにもうお風呂に入っちゃったのか…。今日渡すのはやめておこうかな。
「詩織?どうしたの?」
「えっ、なにが?」
声が裏返っちゃった。
「私になんか隠してる?」
「なっ、なんで?!」
「いや〜〜?」
「………夏菜子ってさ、」
「ん?」
「腕時計ってしたりする?」
「腕時計?あんまりしないかも。貰ったことはあるんだけどね、結局付けるのが面倒臭くなっちゃって。…なんで?」
「いや、ちょっと気になっただけ」
やっぱり…。自分1人だけ舞い上がってバカみたい。夏菜子とお揃いにできる!なんて1人でドキドキして…ほんっとバカみたい。
もっとちゃんと考えれば良かった。
「で、その背中に隠してる袋はなに?」
「あ…いや、これは…その…」
やっぱりバレてた。
「なーんだ、私へのプレゼントじゃないんだ」
夏菜子はそう言ってテレビを付けてしまった。
「いやっ…」
今適当に付けたテレビ番組なのに、夏菜子はもう見入っている。なんだか意地悪をされた気分になって、ちょっと泣きそうになった。
耐えられなくなって、私はテレビのリモコンに手を伸ばし、スイッチを切った。
「あっ、なにすんの、見てたのに」
そのままの流れで夏菜子の目の前にずいっと袋を差し出す。
「なっ、なに?」
「ん!」
「え?いや、なにこれ…」
パッと手を離した。
「あっ!危ないよ!」
ナイスキャッチ夏菜子。
そして袋をじろじろ見て、
「あれ?これって…」
と言って袋をガサゴソと開け始めた。
高級そうなサラサラの細長い箱をパカっと開ける夏菜子。
「腕時計……」
あぁ…やっぱそうだよね…こういう反応だ。
「ごめん、なんか私1人で浮かれてて…」
夏菜子は黙って箱に入った2つの腕時計を見つめている。
「私が勝手に買っただけだから…付けたくなかったら付けなくていいから…だから…」
「これ…お揃い…?」
「……え?」
「これ、詩織とお揃い?!」
「う、うん…そうだけど…嫌なら…」
「やった!」
「………夏菜子?」
夏菜子は目をキラキラさせて腕時計を眺めている。
「小物のお揃いって初めてじゃん!明日から付けるね!」
「え、でも腕時計面倒くさいんじゃ…」
「あれはあれ、これはこれ。せっかくの詩織からのプレゼントだもん!」
「付けてくれるの…?」
「当たり前じゃん!」
とってもはしゃいでいる夏菜子を見ているとなんだか嬉しくて嬉しくて。緊張と不安が一気に溶けて、視界がぼやけた。
そんな私に気づいて、腕時計をローテーブルの上に置き私の顔を両手で包み込む夏菜子。
「詩織?どうして泣いてるの?」
「うっ……んっ……いっつも…かなっ、こは…ふっ……」
「うん…」
「私の…欲しいものくれるっ…のに…私はっ……うっ……」
もう最悪だ、言いたい言葉が涙のせいでしっかり言えない。おまけに鼻水も出てきた。
「大丈夫だよ、詩織」
そう言って夏菜子は私の頭を抱え込んでくれた。
「夏菜子はさ…欲しいものとか、ないの?」
酷い鼻声で目だけを夏菜子に向けてそう聞いた。
「ん〜〜…」
夏菜子のうなり声は長く感じた。
「ない、かな」
「…ないの?」
「考えたけど、ない!」
「…ほんとに?」
「ほんとのほんとー」
夏菜子はおちゃらけてそう答えた。
「うん、詩織がいてくれれば、他に欲しいものなんてないよ」
そうやってまた可愛いえくぼを出して私をドキドキさせる。敵わないなぁ。
夏菜子の腕の中から顔を上げて、夏菜子を見つめていると、だんだん近くなって…………
「……っぷ、ひどい顔」
夏菜子は私の顔を見て吹き出した。
私の目はひどく潤んでいて、鼻のてっぺんも真っ赤になっていたんだろう。
その後おでこに軽くキスをされて、私から離れた。
さっきローテーブルに置いた腕時計を1つ取り、夏菜子は腕に付けて私に見せてきた。
「へへっ、いーじゃんこの時計」
「ふふふ、でしょ」
「大事に使うね」
夏菜子は腕時計に軽く口づけをした。
腕時計になりたいなんて思ったのはこれが最初で最後だと信じよう。