提婆達多品第十二は法華経の中に後で付け加えられたものらしいですが、提婆達多の教え自体はかなり古い時代から存在していたのが現実らしいです
西暦以降の時代の急変に対しハードボイルドタッチな要素を迫られる緊迫感を感じずにいられません、これはまるで時代の復活だったのです
これはやはりいつまでも終わらない、時として急激に蘇ってくる錯覚というエネルギーが常に存在しているのだと思います
1950年頃のアメリカ作家レイモンド・チャンドラーが生み出した架空の私立探偵フィリップ・マーロウの言葉として世に知られる名セリフ『タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない』は全く相反する矛盾する要素が交差している時代の深刻さそのものですね
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決して計算式では真実に至ることはなく、単に一時的な目安となる計算の答えが逆に現実に錯覚が発生している真実への感覚反応を失わせているのです
今一瞬の光を見逃さない、釈迦がこの提婆達多品第十二の中で、昔から仙人であって怖れられてきた提婆達多のことを善知識であると言って一目も二目も置いています
その善知識とは善き友人という意味であって、前世の釈迦にとって最もの善き友人が提婆達多だったのであり、釈迦に対する思いやりある誘導者でもあったのです
その後、提婆達多は教団組織の連携を乱した主導者と言われるようになったらしいですが、多くの教団組織員は善知識である提婆達多を錯覚していることが繰り返し伝えられているのかもしれません
(ぶっけん成安田)
