「人の成長期間を短く…。俺とて駆け出しの闇医者だ。そんなことできたらノーベル賞を無数に受賞できるだろう。あわよくばそのお金で無人島を買ってそこに豪邸を建ててセルティと…急に切りやがった」

「ほう。児童の姿に退行してしまった秘書の姿をもとに—。実に興味深いテーマだ。よろしい、力を貸そう。まずその秘書君をアメリカのネブラ本社に預けたまえ。あとは後々研究と解ぼ—なにも自ら切ることはあるまい」

「波江さんには内密で我々ネブラに長音記号2?けどぉ、それって酷くないですかぁ?だって本人に知らせずに投薬実験と解ぼ—切るなんて酷いじゃないですかぁ。オリハラさん、オリハラさーん??」


秘書の波江ちゃん、3


「ここも無理、か…。研究者っていうのはこうも解剖しか脳のない非人道主義だったのか?」

携帯の通話機能を閉じ、溜め息をつく臨也。

「…あなたも同じようなものじゃない」

「失敬な。俺は連中の何倍も人間を愛してる…で、そっちはどう?」

「死ねば元に戻れるみたい。あとは…カルトじみた方法くらいね」

夕暮れの近付いてきた情報屋。

仕事場には情報機器をフル活用して情報収集に挑む臨也と、小さな体で大きな本をなんとか支えながら読んでいる波江の姿があった。
「となると今度は、死んだあとに生き返る方法か…。魔法陣でも描いて聖水ぶちまけりゃなんとかなるか?」

「あなた、そういうオカルト嫌いなんじゃなかったかしら?」

「生首保管してた製薬会社もオカルトだな。…というか波江、それ重くないの?いっぱいいっぱいぶりが可愛いからつい携帯でムービー撮っちゃったわけだけど」

「ときめいて死ね」

こうやってどうでもいい話をしつつ元に戻れる方法を模索し続けて、既に数時間が経過している。波江と謂えどもさすがに焦りを感じるらしく、先程から臨也のあしらい方が残酷さを増してきた。このままではまずい。双方こう認識しているのだが、すればするほど広がるのは不安ばかりで、どうしたもこうしたもない。
「…そろそろ5時か。波江、テレビつけてくれる?」
「6チャンネル?」

「そこ最近報道の質落ちたから7チャンネル。ピタゴラスイッチでも見よう」

臨也に関してかろうじて良いと言える点は、このうまいこと話を核心まで持っていくまいとする話術だろうか。

その気遣いに微妙に感謝しつつ—波江は若干、戸惑いを隠せないでいた。

—藁にでもすがれ、とは言うけれど…

先程言っていたカルト的な方法。その一つに、もしかしたらというものがあった。実際こういう方法で成功した事例はある。しかしお伽噺と疑うような内容で、なんといっても精神的にためらってしまう。

波江は今日何回目か最早わからない溜め息をつき、暫く臨也と一緒にテレビを見ていた。

「アリコリズム体操か…懐かしいな…」

「なにか思い出でも?」

「昔シズちゃんの拳から逃げようとしたらたまたま体制がこの体操になった。新羅には笑われるしあのあと結局殴られそうになるしで…いまでもたまに夢に見るね」

「いい気味ね。…ねえ、あなた」

ワンピースを掴む手に力を込め、意を決したように口を開く波江。

この方法が正しいのかどうか

「お腹、空いてない?」

「…は?」

それがわかるのはあともう数時間、先の話。
ーーーーーーー

「いいかい。包丁を使うときは具材を持つ手を『くまの手』にする。火を使うときにはちゃんと俺に言う。お兄ちゃんとの約束だ」

情報屋、台所

申し訳程度のスペースのそこに—ビデオカメラを構えた臨也とエプロンを着た波江がいた。

「あなた、いい加減そのキャラうざいわよ」

「妹が反抗期だと…!?それもそそる。俺はここで盗撮しておくからこころおきなくつくりたまえ」

料理をつくる、と言ったのは意外なことに波江で、現在彼女は臨也チョイスのくまのアップリケが可愛らしいエプロンを着ている。背丈が足りないので浴室からもってきた椅子のうえに立ち、人参を切っている状態だ。

サクッサクッ

「…手が小さいから、やりにくいわね…」

ザッザッ

サクサク

サササササササササ

トントントントン

ジャー

ボトボト

コトコト

プロ並みの手つきで具材を切り、スパイスを調合して鍋に入れる波江。一応完璧な秘書なので料理くらいできる。その姿はさながら子供シェフといったところか。

「子供のくせにすごく手際がいい…!畜生、ちょっと下手こいて半べそかくというときめきイベントを妄想していたのに!いやしかし旨そうな匂いだ」

臨也も舌を巻くほどの華麗な手捌きで、あっという間にスパイスまでお手製のカレーをつくりあげてみせた。

「さ、できたわよ。…あなた、突っ立ってないでテーブル整えなさい」

何気に冷蔵庫の中身も調味料の位置も知っていた。

臨也はそこまで考え

「…子供女房?」

と呟いたがややこしくなるので波江には伝えないでおいた。

とりあえず卓を整え、波江と一緒にお皿にカレーを盛る。ここでも夫婦共同作業と叫びたかったがやめておいた。

席に着いて、

「「いただきます」」

「…どうかしら?」

「普通に旨い。売れるんじゃないかな。子ども秘書のカレー屋さんで。…いたいいたい脚蹴らない」

お世辞抜きでも波江のカレーは美味だった。スパイスがよく効いていて、まろやかさもある。具材もよく煮込んであって良い。

…だけど。臨也は思う。

—なんでこう、素直じゃないのかなあ

ーーーーーーー
「今日はここに泊まりなよ。夜は変態が多いんだし」
「タクシーでも呼ぶわ。…変態から逃げるために早く帰らないと」

「まるで俺が変態みたいな言い方だね」

「あら?私、なにか間違えたかしら?」

後片付けを終え、悪あがきよろしく再び打開策を模索している波江達。

「ここも無理、か…。やっぱり、ネブラ以外駄目みたいだ」

「メディアに売られて愛想笑い振り撒くのは性に合わないわ」

「それもそうだ—……?」

突然会話を中断し、眉間に手をやる臨也。

そんな彼を見て—

波江は、ひそかに全身を緊張させた。

「…どこか悪いの?」

「いや、大丈夫だ。…おかしいな。…なんか…きゅうに…ねむく…」

バタン

臨也はそのまま体勢を崩し、机に突っ伏した。それと同時に波江も椅子から降り、臨也の元へ行く。

腕を引っ張って頭を出し、頭を動かして顔と向かい合わせになる。皮肉なことに寝ていれば美青年といえなくもない情報屋は、健やかな寝息をたてていた。

「………」

発見その一。意外なことに隈がうっすらある。

「……………」

発見その二。野郎にしては睫毛が長い。

「…………………」

発見その三。寝顔は案外子供っぽい。

…………

………………

初めてのことではない。確かにこいつにするのは初めてだが、同じことは腐るほどやってきたはずだ。

しかし、何故かためらってしまう。心臓は早鐘を打っているし、頬もだんだんと紅潮してきた。

—ええい、こうなれば勢いよ!

波江は首を左右に振り、思いきって目を瞑り顔を臨也に近付けた。このまま事故のようにことを済ませ、なにもなかったかのように後始末をすれば波江はいつの間にか元通りのハッピーエンド。

の、筈だった。

——え?

唇に来るはずだった体温がない。それどころかからだ全体がなにかに包まれているような感じがする。

恐る恐る目を開けると—

「…は?」

波江は臨也の膝に乗っており、臨也の腕がそれを支えていた。勿論、臨也も目を醒ましている。

—嵌められた

そう後悔するよりも早く

「残念でした♪」

強く抱き締められ、乱暴に口付けされた。

暗転。

ーーーーーーー
翌日。情報屋

朝起きると臨也の冬用コート以外は裸でした。

そう書くといかがわしいが、残念なことにそういうアブノーマルなことは起きていない。波江は横に用意されていた、昨日着ていた服を着て仕事場へ出た。—ワンピースではない。タートルネックにミニスカート。いつもの波江の格好である。

「やあやあお姫様。ファーストキスの感想はどうだい?」

「別にあれが始めてではないわ。変態の星の王子様」
臨也は満足そうに笑むと、波江に自分のデスクに座るよう促した。

「しかし、君も案外乙女だ。あんな原始的な方法を取るとは。そのために睡眠薬を混ぜたカレーをご馳走してくれるなんてまったく可愛い妹だ。あ、勿論それはすり替えたんだけど」

「細胞を一定まで緊張させる—もっとも安全な方法でそれをやっただけよ。死にかけるわけにはいかなかったし」

こともなさげに言い、己のパソコンを開いて作業に集中する波江。

そんな秘書の耳朶が少し赤くなっているのを見て—

臨也は再び、満足そうに微笑んだ。