クリスマスイブ。
フレンチのディナーを取りながら、定番のTrinity de Cartier

Trinity de Cartier
(この画像は、ネットから取得しました)

を渡して、さぁ、と言う時に「ごめ~ん。今日、母が来ているの。また、連絡するね。あっ、送ってくれなくていいわよ。地下鉄で帰るから。プレゼントありがとう」
・・・
って、感じですかね。
山崎豊子の未完の遺作「約束の海」第一部の読後感は。

約束の海

これから、佳境に入る、と言うときに物語が中断してしまいます。

主人公は防衛大卒の海上自衛隊二等海尉(旧帝国海軍でいえば、海軍中尉)花巻朔太郎。

花巻は、最新鋭潜水艦「くにしお」に船務士(船務長の下で情報等を担当する士官)として乗船しています。
近い将来、水雷長への就任が期待されている逸材です。

ところが、この「くにしお」が相模湾での展示訓練を終え、横須賀港に帰る航行中に遊漁船「大和丸」と衝突してしまい、漁船乗客に死亡者を出す大惨事となってしまいます。

沈没して行きつつある漁船と潜水艦乗組員が甲板に立っている報道写真がマスコミに流れたものですから、「潜水艦乗組員は甲板に立って見下ろすだけで、誰一人として飛び込んで漁船乗客を助けようとしなかった」等の潜水艦ひいては自衛隊に対するバッシングが起こります(実際は、潜水艦乗組員がすぐに海中に飛び込むと、潜水艦のスクリューに巻き込まれてしまう二次被害の可能性があったのですが、このことはマスコミではほとんど報道されませんでした)。
さらに、海上自衛隊内部では、航泊日誌の改竄の可能性も取りざたされています。

哨戒長付として勤務していたので艦長等の補佐が十分にできていれば、尊い人命を失う、ということはなかったのでは、と苦悶する花巻。

やがて、花巻は自衛隊を退職しよう、とまで決意することになります。
これを救ったのが、同じ「くにしお」に乗り込んでいた上司等。

そして、花巻の父である花巻和成が、実は太平洋戦争時の真珠湾攻撃に参加し、日本人捕虜第一号であったことが判明します。

これに、ピアニスト小沢頼子との恋バナ。

そして、第一部は、花巻が米海軍で最新戦術等を学ぶために派遣を命じられるところで終わります。

まさに、これから、というところで、著者の急逝により第二部、第三部は読者の目に触れることはありません。

もっとも、著者自身が第二部や第三部の構想メモを残しており、それによれば、

第二部は、主人公花巻がハワイに派遣され、日本人捕虜第一号としての父の過去を知る
第三部は、帰国した主人公は潜水艦艦長に就任予定。そして、小説のクライマックスは海洋権益の拡大を狙う中国と日本の対峙する東シナ海へ。

というふうであったようです。

本当に、第二部、第三部が読みたかった。
著者の急逝が残念に思われてなりません。

著者の小説はたいていそうであるように、この小説にも現実のモデルがあるようです。

・潜水艦「くにしお」と漁船「大和丸」の衝突事件→1988年7月に起きた海上自衛隊潜水艦「なだしお」と遊漁船「第一富士丸」の衝突事件
なだしお事件
(この画像は、ネットから取得しました)

・主人公花巻朔太郎の父花巻和成→実際の日本人捕虜第一号酒巻和男

という具合です。

本当に、これから、という時にお預けを食った、そんな気分満載にさせてくれる佳作です。