私、成田童夢は現在ラッパー活動及び声優になるための番組を行っているのは承知だと思いますが…


何故スノーボードではなく、そういった仕事に興味があってやっていきたいのかには理由があります。


これは今まで話せなかった逸話を公開するという事で書きます。


「成田童夢=スノーボード」という固定概念が皆さんの頭にあると思うので、それを覆すことになると思います。


この事を今まで出さなかったのは、所属していた事務所の考えや周りの意見に従っていた事もあってのこと…


これが僕の本性です…





時は遡りまして僕自身、3~4歳の頃からアニメを観るのが大好きで一番最初にハマったのが「ドラえもん」…


ただただ観ていた訳ではなく、「ドラえもん」の声に魅力があったからなのです。


「あれは人間が出している声なのか?それとも機械で作っている声なのか?」


その頃から、アニメのキャラクターの声マネをしていました。


それからというもの色々なアニメをチェックするようになりました。


朝のアニメ、夕方のアニメ、深夜アニメ…


アニメの内容よりもキャラの声に凄く興味があって、幼稚園の「なりたいおしごと」に「アニメのこえ」って書いた事もあります。(当時は声優という言葉を知らなかった)


そのまま小学校に入学し週末はスキー場に行ってスキーの練習をしてましたが、「アニメのこえ」が頭にこびり付いて離れなかったのです。


学校にあまり行けなかった分、リフトに乗りながらテープレコーダーに教材を吹き込んで勉強していたのですが、とてつもなく嫌だったのです。


という事で父親に提案しましたところ、「リフトに乗っている間に、一つの物語を作れ!」というものに変わりました。


一人でイキイキ物語を作って、そのキャラになりきって話していたのを鮮明に覚えています。


物語を作る楽しさを知って今も尚、妄想物語を作ってはちょこちょこ書いております。


小学校時代からなかなか学校に行けなかったので、アニメの話が出来る友達がいなくて苦労したものです。


実家にいる時は祖母のいる部屋の奥の部屋(通称:秘密基地w)で、アニメを録画して夜な夜な観ては一人でそのアニメのキャラになりきってアテレコしてましたw


その事がバレ、一日ニュースのナレーションの後に続いて声を出す事をさせられました。(喜んでやってましたがw)


なんせ、練習と称して学校行く前の数時間と帰宅してから夜までずっとスキーやボードの陸上トレーニングをしていたので、友達と遊ぶことも出来ず唯一の楽しみが夜中に一人でアニメ鑑賞会だったのですよ。


そのような毎日が19歳の上京する頃まで続いていたのです。


話が前後するのですが、中学一年の時に声変わりした…はずなのですが、あんまり変わらなかったのです。


であればと思い、この頃より自分の高い声を活かした仕事をしたいと思い始めた訳なんです。


ラップに興味を持ち始めたのもこの頃で、知り合いの方から「RIP SLYME」のデモアルバムを頂いたのがきっかけでした。


小さい頃は、父親が経営していたパブでカラオケがあったので「爆風スランプ」や「B'z」、「安室奈美恵」を歌っていました。


その後にハマったのが「モー娘。」…


そして、それまでに類を見ないHIP HOPを聴いて衝撃を受けたのです。


すぐさま、リズムに乗せて軽快に韻を踏むという言葉遊びに魅了されました。


それからというもの、暇があればリリックを書いてアカペラで歌ってました。


その当時は歌い手が全て曲を作ると思っていたので、中二の時に15万円のターンテーブルセットを購入。


秘密基地wにて、またもや夜な夜なターンテーブルを弄っていましたw


でも…


自分自身に曲作りのセンスが無いと思い(PC等の機材が無かったのでw)、曲作りを断念しリリックを書く事だけに専念。


ヒドい作品を沢山作りましたよwww


まぁそれぞれに深い思い入れがあるんですがね…


特に僕自身がラッパーに本気でなろうと思ったのが、「KICK THE CANCREW」解散ライブの時…


「もうあの楽曲が聴けないならば、自分自身がそれに近しいものを作りたい!」と思ったんですよね…


自惚れかもしれないけど、真剣に思ったんだよ。


それから…人生の分岐点になった出来事が中学3年の夏にあったの。


父親が「スノーボードを辞めて高校進学するか、高校進学諦めてスノーボードでプロになるか」という二択質問をしてきた。


僕は、上記の理由があったので「僕は声を出す仕事か物語を書く仕事をしたいから、高校に行ってそっちをやりたい!」って実は一回スノーボードの道を断ったの。


そうすると「スノーボードでプロになってオリンピックに出て有名になれば、歌手でも声優にでも小説家にでも簡単になれる…オリンピックにさえ出たら好きな事やらせてやる」と父。


僕はその言葉を鵜呑みにし、必死で歌手になる為に…声優になる為に…小説家になる為に…オリンピックに出た訳なんです。


冷静になって考えればおかしな話ですよね。


でも、それしか自分が信じる道が無かったのも事実なんです。


19歳の頃に家を出て、オリンピックに出場するという約束を果たし、その後すぐに楽曲を制作する為の機材を購入。


ただ、僕よりも楽曲制作能力があり共通の好きなアーティストで被ったという事で、SKOKこと「きどいち!」のkiddoに出会った訳なんです。


今日この事を書く事になったきっかけをくれたのも、kiddoなんです。


「なんで童夢はラッパーになろうと思ったり声優になろうとしてるの?」


今までその理由を語らなかったので、意図がわからないと言われたんだよ。


上記のことを話したら納得してくれて、「その事をみんな知りたがってるんだよ!」と言われた訳…


だから今日書いたんだ…


わかってくれたかな?w


正直、自分の世界観で物事を表現する事は得意なんだがわかってもらおうと思いながら書くと上手くいかない事が多々あるのが欠点なんだよねwww


何か読んでいて不備があれば、気兼ねなく言ってね♪


とてちてとてちて…