第2章の4
中学二年生 1972 (昭和四十七) 年
横井庄一・元陸軍軍曹、グアム島で発見/札幌オリンピック/連合赤軍による浅間山荘事件/田中角栄内閣「日本列島改造論」
学校で明るく振る舞っていた反動が表れました。自分の笑顔がなんとなく空回りしているように感じられ、家に帰るとがっくりするのです。それでも翌日になればまた無理をしてしまう。精神的な疲れと自己嫌悪でつらい日々でした。いわゆる鬱状態です。それはあとになってわかったことで、当時の私は黙々と耐えるしかありませんでした。
父は愛人との生活をやめようとせず、毎朝ちょっと顔を見せては夫婦げんかをして出勤します。兄は就職して定時制高校に通い始めたものの、じきに仕事を辞めて家でごろごろしている。母は相変わらず独り言をつぶやき、精神を病んでいることは明かでした。私まで頭がおかしくなりそうです。
担任の先生に相談しようと思いましたが、こんな家庭状況を打ち明けるのが恥ずかしく、とても話せません。今日こそはと決心し、やっぱりやめておこうと思いとどまる。その繰り返しです。ただ、学校と新聞配達は絶対休みませんでした。
唯一の救いは、朝刊配達の帰りに顔を合わせる同学年の子でした。部活の朝練習に向かう彼らが大きな声で「おはよう」「ご苦労さま」とあいさつをしてくれるのです。そんな一言にどれだけ心を癒されたことか。とっさにあいさつを返し、うれしくて涙ぐんでしまうほどです。
教師やカウンセラーの力を借りることなく、とうとう鬱状態から立ち直りました。学校と新聞配達を執念で続けたこと、そして何事も考えすぎないように努力したことが功を奏したのだと思います。このときくじけていたら、私はつぶれていたのではないでしょうか。
つづく
第2章の5
