2007年2月21日に最初のちびちゃんと子宮外妊娠で、6月13日に2番目のちびちゃんとごく初期の流産でバイバイしました。
「お空のちびちゃんたちのこと」のテーマでは、子宮外妊娠のことや流産のことなど、このブログを始めるに経験したことを、日々のブログのかたわら、少しずつ書いていきたいと思います。
※子宮外妊娠、流産、手術などの記述があります。読まれたくないかたはスルーしていただければと思います。
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タイミングを取ってから1週間後。
晩ごはんを食べたあと、タンナさまとリビングでくつろいでいると、下腹部にチクチクっとした痛みが走りました。
なんだろう?今までに感じたことのない傷みです。
たいした痛みではなく、時間的にも一瞬の痛みが忘れたころにときどきやってくるという程度なので、そのときは大して気にもとめず、ダンナさまにも特に何も伝えませんでした。
次の日の夜も、その「チクチク」はやってきました。やはりダンナさまとリビングにいたときだったと思います。
そして、さらに次の日には、日中仕事をしているときにもやってきました。日を追うごとに痛みの走る頻度も増してきたようでした。
やっぱり気のせいじゃないかも・・・と思いはじめました。
それは、針で刺すような鋭い痛みではなく、内側から固めのブラシでつつかれるような・・・痛いようなくすぐったいような不思議な感覚でした。
そんなに簡単に妊娠できるわけないし、期待してがっかりするのはイヤだから・・・となるべく心を落ち着け、経過を見守りたいと思いましたが、そんな気持ちとはうらはらに、仕事をしていても、家事をしていても、ご飯を食べていても、ベッドに入っても、ときどきやってくる「チクチク」が気になって仕方ありません。
私はインターネットで「妊娠初期症状」や「妊娠兆候」を片っ端から調べました。
すると、見つけたのは「着床痛」の文字。
症状もタイミングをとった日からの日数も、いくつか見つけた着床痛の条件にピタリと当てはまりました。
でも、まだわからないよね・・・この時期には何の症状も出ないことのほうが多いみたいだし、手術後の後遺症ってこともあるし・・・
期待と不安が入り混じり、落ち着かない日々が始まりました。
5日後にはチクチクはすっかり治まり、今度は下腹部が重たくだるくなってきました。
翌日にはもっと、その次の日にはもっともっと、という具合に下腹部はどんどん重くなっていきました。
少し歩いても息がきれ、立ったり座ったりするときには、ふぅーと大きく呼吸をしなければならないほどでした。
病院には、高温期に入ってから1週間に1度行くことになっていましたが、症状を訴えても、「まだこの時期じゃわからないよ」と言われるだけでした。
そんな状態が続き、基礎体温は高温のまま、いつしか生理予定日を過ぎました。
そのころの私は、フライングして検査薬を使う気はまったくありませんでした。検査薬の説明書に書いてあるように、生理予定日の1週間後じゃないとぜったいに結果が出ないと思っていたからです。
妊娠をしているかもしれないという期待は、お腹が重くて仕方がなくなったころから、心の奥底に持ち続けていましたが、違ったときに傷つかないために一生懸命考えないようにしていました。
あと数日でどちらにしても結果は出るのですから、もう少しじっと待とうと思っていました。
病院に行く前日、ついに妊娠検査薬を試してみました。
もし、妊娠していなかったとき、病院でショックを受けるのは避けたかったので、まずはお家で検査して、どちらの結果出たとしても気持ちの整理をつけてから病院に行こうと思ったのです。
そのとき、高温期もすでに20日目になっていました。そして、相変わらずお腹は重く、少しだけ透明のおりものがありました。
検査の結果は、やはり陽性でした。
検査薬に出たくっきりとしたライン。
前回の子宮外妊娠のときは本当に薄いラインしか見ることができなかったから、やはり見たときはほっぺたがポッとするような、あたたかい感動を覚えました。
うれしい気持ちを抑えて、私はそれでも、まだ喜ぶのは早い・・・と、必死に心にブレーキをかけました。
私の中で、前回の子宮外妊娠のショックはまだまだ記憶に新しく、この段階では安心できないということは十分に承知していました。
病院に行って先生のお墨付きをいただくまでは、ダンナさまには余計な心配をかけたくなかったので、陽性反応が出たことはダンナさまには伝えずに病院に行きました。
病院には、いつものようにたくさんの妊婦さんが診察の順番を待っていました。
子宮外妊娠をして以来、辛くてなるべく見ないようにしていた妊婦さんのお腹も、その日は少しほほえましく見ることができました。
私もここにいる人たちの仲間になれるのかもしれない・・・どうかなれますように・・・そう願いながら順番を待ちました。
病院での検査の結果も陽性であることが確認されました。
「よかったね、おめでとう」と先生が言ってくださいました。おめでとうの言葉をこの段階で言ってもらえるとは思っていなかったので、少し驚きました。
内診のあと、再び診察室に戻り、撮ったばかりの子宮内の写真を見ながら先生がおっしゃいました。
「この点が胎嚢だったらいいんだけどね。まだ、はっきり見えないね。5週目に入ったばかりだからまだなのかもしれないね。」
胎嚢が見えない、という言葉に、この間の子宮外妊娠のことが思い出されました。
あのとき、陽性反応が出てはじめてこの病院を訪れたとき、「胎嚢が見えない」という言葉から、すべてが始まったのですから・・・
でも、今回、先生は特に心配されているようには見えませんでした。
そして、「この時期、胎嚢が見えないことは、よくあることだから・・・」と3、4日後にまた来るようにおっしゃいました。
ダンナさまには、「ちゃんと妊娠できているか、まだはっきりとはわからないよ」と前置きをしてから、陽性の報告と写真を見せました。
「まだわからない」と伝えたのに、ダンナさまは飛び上がるほどびっくりして喜んでくれました。
その姿を見て、「こんなに喜んでくれているのに、もしダメだったら・・・」と、なぜか悪いことばかりが心に浮かびました。
前回の子宮外妊娠のときのように、ダンナさまに心配をかけ、悲しませるようなことには絶対になって欲しくありませんでした。
今度こそ、ダンナさまと私の赤ちゃんに会いたい、次に病院に行くときは、ちゃんと胎嚢が見えますように・・・
そう祈りながら、次の診察日までを過ごしました。
それでも、時折どうしようもない不安に襲われ、次々と悪い想像ばかりが心に思い浮かびました。
そして、私のこの悪い予感は的中してしまいました。