こちらの記事を読む前に、ひとつ前に公開した「これまでのことを書くにあったって」を読んでいただけるとうれしいです。
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2007年2月21日に最初のちびちゃんと子宮外妊娠で、6月13日に2番目のちびちゃんとごく初期の流産でバイバイしました。
「お空のちびちゃんたちのこと」のテーマでは、子宮外妊娠のことや流産のことなど、このブログを始めるに経験したことを、日々のブログのかたわら、少しずつ書いていきたいと思います。
※子宮外妊娠、流産、手術などの記述があります。読まれたくないかたはスルーしていただければと思います。
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2007年1月、
お正月気分も抜け、ようやく普段の生活に戻った1月の終わり、予定どおりの日にちで生理が来ました。
あー、また生理来た・・・
そのころの私は、赤ちゃん欲しいなーとは思っていましたが、積極的に子作りしていたわけでもなく、
まあ、そのうちできるよね。
でも、ここまでできないのは何か問題があるのかも・・・
やっぱり病院に行ったほうがいいのかなぁ・・・?
などといった考えがよぎるも、生理が来たショックは10分で忘れてしまうくらいのものでした。
そんなわけで、その月も生理が来て、いつものようにちょっとショックを受けて、でもすぐに元気回復、いつもどおりの生活を送っていました。
でも、3、4日たって、今回の生理はいつもと様子が違うことに気づきました。
いつまでたっても血の量が増えない・・・
私の通常の生理のパターンは、いったん少しだけ茶色っぽい血が出て、そのあと半日から1日何にも出ない期間を経たのち本格的な生理が始まります。
なのに今回は最初に出た茶色っぽい血がずーっと続いている・・・
何かおかしいと思いました。
妊娠しているかもしれない、と思いました。
当時の私は、赤ちゃんが欲しいと思っていたにもかかわらず、ほとんど妊娠の知識はありませんでした。
でも、そんな私でも本能的に、これは何かおかしいと思いました。
あと1週間待とう、その間に普通に生理が来るかもしれないし、妊娠だったらそのころには検査薬で調べればわかるだろうし・・・
誰にも言わず、1週間待つことにしました。
そして1週間がたちました。
茶色い血は少量出続けていました。
この1週間の間インターネットでいろいろ調べて、着床出血というものがあることを知りました。
でも、この血はそれとも少し違う気がする・・・
もやもやを抱えたまま、妊娠検査薬を試してみました。
ぎゅっと目を閉じて・・・意を決して目を開けると、結果は陽性でした。
すぐに近くの産婦人科を調べ、翌日仕事の前に行くことにしました。
うれしさではなく不安な気持ちが押し寄せてきました。
だから、ダンナさまには何も言いませんでした。言えませんでした。
これは普通の妊娠ではない、ということは感じていたから、いろいろなことがはっきりわかってから伝えようと思っていました。
産婦人科に行く日の朝、家から駅までの道を歩いていたときのことを今でも思い出します。
何でもありませんように、ちゃんと妊娠していますように、ただの着床出血でありますように・・・祈りながら歩きました。
緊張なのか、地面を踏みしめる足が自分のものではないような、たよりないふわふわした感じがしていました。
不安でたまらなかったけど、そのときの私は何か問題があったとしても病院に行けば何とかなるのではないかとも思っていました。
だから、不安を抱えながらも、この赤ちゃんは今年の秋ごろ生まれることになるのかな・・・、なんてことも考えながら歩いていました。
病院は家の隣の駅、職場から歩いていける距離の産婦人科です。
最近改装したらしく、こじんまりしたとってもきれいなおしゃれな感じの病院です。
受付で初診だと伝えると、簡単な問診表を記入するように言われました。
問診表を書きながら、ふと周りを見ると妊婦さんだらけでした。
私もここに通ってかわいい赤ちゃんを産んでみたいな、とぼんやりと思いました。
まだ、このときは先生が何とかしてくれて、私もここにいる妊婦さんの仲間入りができるのではないかという期待がありました。
名前を呼ばれ診察室へ。
症状などをまず聞かれ、あらためて病院でおしっこ検査した結果も陽性だったので、さっそく内診することになりました。
10年くらい前、生理がだらだら続いて婦人科で見てもらったとき以来の内診でした。
そのときのおじいちゃん先生が、「生理不順は結婚したらすぐよくなる」といっていたのを、思い出していました。
久しぶりの内診も特に抵抗はありませんでしたが、先生が何も言ってくれないのでひどく心配になりました。
「では、診察室に戻ってください、お話しはそこでします。」
そう言われたから、何かよからぬことがあったことは大体察しがつきました。
再び診察室に戻り、まず先生に聞かれたのは、
「12月、1月でダンナさんとしたのはいつかわかりますか?」 でした。
本当に大体の日にちしか覚えていませんでした。それどころか、先月の生理もいつだったかが定かではない私。
赤ちゃん欲しいなーなんて思いながら、こんなことも記録していなかった自分が恥ずかしくなりました。
しどろもどろに、この日かな?あの日かな?と答える私に先生が言いました。
「赤ちゃんができると、子宮の中に胎嚢という赤ちゃんの育つ袋ができるんだけどね、その袋が見えません。多分もう5週目に入っていると思うんだけど・・・」
まったくちんぷんかんぷんです。でも、見えるはずの赤ちゃんが見えないんだ、ということはわかりました。
「排卵が遅かったのかもしれないから、今後胎嚢が見えてくるかも知れません。けれど・・・流産や子宮外妊娠の可能性もあります。」
リュウザン?シキュウガイニンシン?
何も知らない私に先生は丁寧に説明してくれました。
でも、気が動転している私には半分も理解できません。
頭の中は、どうしよう、どうしよう、どうしよう、でいっぱいになりました。
やっとの思いで、「なんとかすることはできないんですか?」と聞きました。
先生は、「1週間様子を見ましょう。それまでは安静です。」とおっしゃいました。
仕事をしている旨伝えると、できるだけ安静にしたほうががいいけれど、どの程度安静にするかは私の判断しだいだとおっしゃいました。
病院を出ると、頭がふらふらしました。
歩いている途中で涙が出てきて止まらなくなりました。
涙が落ち着いてところで、仕事に行けないことと、習い事をお休みすることをそれぞれ連絡し、おうちに帰りました。
正直のところ、このあたりのことはよく覚えていないんです。
ダンナさまに電話をしたような気もするのですが、仕事中だろうと思いしなかったような気もします。
たぶん、おうちに帰って、先生に言われたことをインターネットで調べて、ダンナさまが帰ってきてからゆっくり話しをしたような気がします。
本当にこのあとのしばらくの間の記憶があいまいです。
自分が妊娠に関して無知だったことを思い知り、ダンナさまが、「まだわからないよ、大丈夫だよ。」と言ってくれていたのは覚えています。
1週間後病院に行ったときには、赤ちゃんの袋が見えますように、この心配が笑い話になりますように・・・、そう願いながらも心は晴れず、茶色い血は一向に止まりませんでした。