自分の名前に繋がる(勝手な妄想)加夜奈留美命も調べてるうちに、ずいぶん前にNHKの「新日本風土記」で視た記憶がよみがえってきた。
    確か録画してあったはず。
    あった、あった!「飛鳥編」
    ぽんぽこぽん。

    奥飛鳥の栢森と稲渕に伝わる、正月11日の「綱掛神事」と、加夜奈留美命神社の映像。
    妄想にとりつかれる(笑)前だったので、なにげに見過ごしていたわ。



     この神社は山峡に響く川音を神格化したもの(鳴海)で、石上神宮の富岡鐵斎宮司が、明治11年に復興したものであり、出雲国造神賀詞の「カヤナルミを神奈備に祀った」と整合性を欠くと言われているのだが。
     どうやら現在では賀詞の「飛鳥の神奈備山」は橘寺東南のミハ山で、カヤナルミを祀る神社は飛鳥坐神社とされているらしい。

    飛鳥坐神社は以前に、すぐ近くの飛鳥寺まで行ったとき、朱鳥元年には既に4座が祀られていたとのことにはひかれたものの、天狗とお多福が演ずる夫婦和合の「おんだ祭」とか、子宝・安産・縁結びのご利益には全く興味なく(笑)、見逃してしまった。
    明日香村大字飛鳥字神奈備(旧称鳥形山) の鎮座地名や、祭神4座も出雲神であることから、事代主の妹の加夜奈留美命がお鎮まりあっても、確かに違和感はないのだけど……

    でもなぁ、わが奈留美命さまは4座とか6座ではなく、もう主神で鎮座なされていていただきたい。
    それに何故飛鳥坐神社といい、加夜奈留美命神社といい、なぜ子孫繁栄がテーマ(笑)なのか、そこらあたりも分かりかねる。

    ただ綱掛神事については、普通に考えて神社復興の明治時代とかの卑近でなく、遥か時空の彼方の原始の信仰から、あたかも綱のごとく現代まで繋がってきたものと思いたい。
    人知を超えたものへの畏れ、生殖(器) 信仰へ向かったのは、なんとなくうなずける気はする。

     故に必ずしも半島からきた信仰とは限らないのだろうが、どちらかの先生が済州島で多くの生殖(器)信仰の事蹟をみられて、ある倭族からの日本への流れについて書かれていたはずと、本棚を探すのだが見つからない。
    注連縄を巡らせた写真もみた記憶があるのだが、栢森にも言及されていたのだったかどうかを含め、内容はほぼ覚えていないのが情けないね。

    こだわる理由は、一時期の父の任地が済州島だったからである。
    父と出雲や吉備は縁がなさそうだし、奈良に住んだこともないはずだから、綺麗で賢い奥様(奈留美命)に遭遇したのは、済州島であったような気がしてならない。
    なぜ伽耶のつく神様なのか疑問は深いけれど……
    それとも済州島に渡るとき、航海の無事を祈った女神さま、という接点だったとも考えられなくもない。
    妄想は妄想を呼ぶ(笑)。
    ぽんぽこぽんのぽん。