泣くことが多い。
東京の後遺症外来まで行き、精神科医に薬の処方を見せた。
嫌だったが、薬が被ると良くない。
反応は予想したとおりだった。
薬を見るなり、ボクだったらこんな薬出さないけどね。
東京まで、薬受け取りに行ったら。
と嫌みを言われ、泣いた。
希死念慮がある患者に対して、精神科医はこんなもんである。
患者は医者に殺される。
行くところがないので、ごめんなさいと10回ぐらい謝った。
選択肢が患者側にはないのだ、ここ田舎では。
また、能力も発揮できない。
何なんだろう、私の人生は。と思うと、悔しい、悲しい。
ふとしたことで、泣いてしまう。
しかし、いつ死ぬかわからないが、人生は続く。
今を生きなければならないのだ。
この病気は理解者がおらず、自称当たる占い師には、いいなー、障害者手帳持ってて。
B型作業で働きな。ゆるいから楽だよ。
と、またまた、ひどいことを言われた。
体がしんどく、働けないのよ、福祉作業所でも。
人は、自分が一番しんどい、自分が自分が。で、自分基準で考える。
カウンセラーはそうではない。
カウンセリングを必要としている人は多い。が、普及していない。
占いと合わせ、じっくり話を聴くカウンセリングオフィスをしようと思う。
電話、チャット、対面で。
傷つきながら、しんどいからゆっくりと進めている。
人は人を傷つけながら生きている。傷つきながら生きる。カウンセリングは、内省を促し、自己変容をはかる。
自分の人生は自分しか生きられない。
人から決めつけられるものではない。
人生の険しい道を拓くため、寄り添うことを目指す。