ガンダムOOの映画を見に行ってきた。
ネタばれというほどでもないが、これから映画を見たいひとは、読まないでください。
(一部、戦う相手について言及しています)
映画館を出た後、周囲のガンダムマニア達の間で交わされる会話を聞いたけど、さまざまな感じ。
全体の感想としては、正直いまいちだった。素晴らしいがいまいちなのである。
テレビ版が終了して1年半越しの映画であり、実際のストーリーも2年後という設定になっている。
テレビ版の出来が良かっただけに、そういう意味で残念であった。
人間味が薄かったという点で。
素晴らしい点はたくさんある。
映像のスピード感、爽快感は凄まじいものがあり、見るものを引き込んだと思う。
またストーリーの壮大さ、テーマ性、メッセージ性も大きかった。
メッセージは『対話』
これは重要なテーマだと思う。いまの世界にとっても大きなテーマ。
まさにいまの中国との関係においても『対話』が一番重要である。
ただ、その『対話』の重要性を説くにあたり、
地球連邦軍が地球生命体として、未知の木星生命体と戦うことに、
なかなか感情移入ができなかったのだ。
木星生命体は『対話』ができる相手ではなかった。対話というか、会話ができる相手ではなかったと
言った方が正しいのかもしれない。
ガンダムの世界では、戦う意味は個人個人にあり、敵味方の区別無くそれぞれの人間模様がぶつかり合う様が
見所であるが、木星生命体は人間ではなく、なかなか思いが見えない。
その凄まじい戦いの間、その戦いの意味が見えてこないのである。
とにかく打ちまくるだけ。
ついに、『対話』がされるのであるが、前置きが無いだけに感動が薄い。
たくさんの魅力的な登場人物が死んでいく様も扱いがあっけなすぎる。
明確に『対話』できるものと対話するストーリであれば感動はまったく異なるものになったと思う。
『対話』できないものに対してでさえ、本気で『対話』をあきらめず対話を試みれば、
必ず分かり合えるんだ!というメッセージがあるとすれば、それそれでもちろんすばらしい。
それを、映画としては別の表現にしてくれたほうが感情移入できて泣ける映画になったと思うのだ。
ガンダムOOは今の時代に対する強烈で一番大事なメッセージを訴えている。
『対話』
相手の真意を引き出すことに難しさがあり、相手も簡単にはその真意を表さない。
だから衝突が起こり戦いが生ずる。その戦いにはそれぞれの錦の御旗があるわけだから
相手のことなど理解しようとは思わない。一方的なのである。
その意味でこの映画はまさにそれを描いているし、難題を映像化しているのだ。
否定はまったくできない。
ただ、『映画』として人間模様や感動が薄かったと思うだけなのである。
映画と視聴者の間で『対話』が成功したのかという点に疑問が残るだけである。
あーだこーだ言って来ましたが、
大好きなガンダムだけにもっと泣きたかったというのが真意なのでした。