医王寺山武田勝頼本陣跡は天正3年(15754月、

長篠・設楽ヶ原の戦いの時に、
武田勝頼3000人の兵で医王寺の
裏山(医王寺山・標高120m・比高30)に布陣、
長篠城攻めの本営として築いたもので、
長篠城を包囲する武田軍の各陣をくまなく展望することができる。


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医王寺駐車場へ到着です。DASH!DASH!駐車場

台風21号の影響を考慮して予定変更。霧にひひ
3日の月曜日に海ではなく山へ彷徨いました。(~o~)

大丈夫なのか傘雨は上がって日が差してきました晴れ(^_^;)


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民家の向えに登城口が有り木段道を登り始め、

山道に差し掛かると非常な湿気の多さに
一発で熱中症ダウン寸前ながら、あせるあせる
フラフラと彷徨い徘徊登城を続けます。(*_*)汗あせるあせる


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奥の民家向かい側に登城口があります。
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此所が登城口です。前方の木段道を登って行きます。あしあしあせるイメージ 5
木段道が親切に敷設されています。
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でも、勾配は楽ではありません。あせる
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武田方の間者(ラッパ)蛙がいます。
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湿気が半端なく多くてたまりません。あせるあせる
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護りに堅い斜面と湿気で防備は完璧です。

東曲輪から土橋を渡って本曲輪に辿り着き、

物見の模擬櫓に登り新東名や奥三河の山並みを
チリと楽しみます(^-^)カメラ

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本曲輪と東曲輪(手前側)を繋ぐ土橋です。
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本曲輪の物見櫓(模擬)が見えて来ました。
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本曲輪です。休憩を取りましょう。お茶
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医王寺山本陣縄張り図です。
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手前から医王寺~新東名高速~奥三河の山々です。
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土塁裏手の西曲輪に下り立ち、西方向へと山道を下ると

奥に石垣に護られた沢が流れ落ちています。
これで十分な飲料水が確保出来たことと思います(^_-)

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西曲輪です。切り開かれ手入れされています。
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西曲輪より見上げています。
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本曲輪の土塁です。
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さぁ下って行きます。
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又しても武田方の間者蛙(ラッパ)が現れました。
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石垣に護られた沢水で飲料水を確保か
武田方お得意の土木工事跡か目にひひ
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この先向かうところは目にひひ
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西側の墓地方向へ出ます。目にひひ


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下城の寄り道・見晴台の眺望が楽しみです。目べーっだ!