漫画女帝の手記二巻第四章で都は平城京に還都します。
この時代は様々な問題(疫病や自然災害など)があった時代でもあるのですが、聖武天皇にとっては不安が多かったようです。世の中に起こる災いは天皇に問題があると考えられていた時代。
そんな災いが少しでも治まるよう遷都を繰り返していました。平城京から恭仁宮、恭仁宮を作っている間には紫香楽に離宮を作り始め大仏建立を試みました。
しかしその後難波宮を都としたのですが、反対も多く結局元の平城京に還都する結果になったのです。
有名な奈良の大仏さんは平城京に遷都した後から建立され、出来上がる前に供養されると言う慌しさ。
きっと時代が違えば立派な天皇だと後世でも伝えられたのだと思うのですが、心の優しい聖武天皇にとって天皇でいる事は大きなストレスだったのでしょう。
心の置き所を仏教に求めてしまったのも無理はないのかもしれません。天皇家に生まれ天皇になる道しかなかったのはある意味可哀想ですよね。
この天皇がいたからこそ、あの大きな大仏さんが建立されたと考えるとなかなか複雑な心境です。
そしてそんな弱気な天皇の後姿を見て育ってきた皇太子(阿倍内親王)は、自分が天皇になってもこうはなるまいと心で決めたのでした。
この時代は自分の子供や孫を天皇にするため、女性が中継ぎとして天皇に即位する事が非常に多かった時代です。
しかし仕方なくと言うのではなく、自分の子供や孫を天皇にするためという母親の深い愛情が勝っていたため、何が何でも天皇としてやり続けなければならない気持ちがあったのでは?と思います。
時代や立場は異なっても自分の子供を守ろうとする姿は母ならみな同じ。やはり昔から母は強かったんですね~♪