サウジー北朝鮮を裁いたのは、あのバスマ主審だった。 | チェックイン・スポーツ館

サウジー北朝鮮を裁いたのは、あのバスマ主審だった。

シリア人のバスマ氏は、ウズベキスタンで、日本が苦しみの末、ワールドカップへの出場を決めた試合の主審を務めたことにより、すっかり有名な主審となったが、氏は、先日の世界が注目した、サウジアラビアー北朝鮮戦の主審も努めた。


この試合は、結果的に0-0のスコアレスドローとなり、北朝鮮が44年ぶりの本大会出場を決めたわけだが、長く、多くの試合を見てきた筆者は、試合を裁いたバスマ氏の評価は100点満点に限りなく近いものだった。


なぜそんな高い評価なのか?

その理由を書こう。


一番の理由は、氏が、この試合の重要さを誰よりも理解していたので、白けるような下らないジャッジで、名試合をブチ壊すようなことをしなかった点である。


試合は、前のブログでも書いたが、ほとんどサウジのペースで終始した。

特に後半は、ほとんどサウジの猛攻といった感じになった。

もっとも感心したレフェリングのシーンは、試合の後半、ゴール前を固める北朝鮮の選手が、2度ほどハンドリングに近いプレイをしたシーンだ。


バスマ氏は、2度とも、きっぱりとハンドリングの反則はとらなかった。

それは、氏が知っていたからである。

その試合が、どっちともとれるような、微妙なハンドリングのような反則で、PKなどという手段で決まるようなことがあってはならないほどの、緊迫した名勝負となっていたから。


氏は知っていたのだ。

そしてサウジの選手たちには無言のアピールをしていた。

「君たちはホームだ。ジャッジも当然、やや君たち寄りなのだ。だから絶対に自己のチカラでW杯に行きなさい」


北朝鮮の選手たちにも、氏は無言のアピールをしていた。

「これほど不利な状況のなかで、もし君たちが敵の猛攻に最後まで耐えるほどの快挙を見せれば、君たちが南アフリカへ行く資格がある。理不尽なPKなどはとらない。」


サッカーの主審は、その試合の演出家と言われる。

これは有名な話である。

主審のジャッジひとつで、好試合が台無しになったり、緊張感が白けたムードにもなる。


「この試合は、断じてPKなどでは決着をつけてはいけない。それほどの好試合なのだ」

氏は間違いなくそう思っていたはずである。

だから筆者も、見ていて前述の2度の「PKもどき」のシーンは、絶対にPKにはならないと思っていた。


賢明な読者は、分かるだろう。

先の日本の試合のことだ。

あの試合、氏はおそらくこう思いながらジャッジしていたはずだ。


「君たち(日本)は、もう、ほとんどW杯のキップは手中にある。ここは君たちにとってアウェーの地だ。当然私のジャッジは判官びいきになる。だが、君たちは自力でW杯のキップを手に入れるべきだ。そうだろ?」

「心配しなくとも、あからさまなPKなどは相手には与えない。」


何度も当ブログで書いてきたが、やたら日本のファンは、主審のジャッジについてとやかく言う。

だが、世界のサッカーの試合の多くを、過去数多く見てきたファンは、あまり多くは言わない。

なぜか?


もっとも簡単な言い方をするなら、ジャッジがものすごい味方の試合もあれば、信じられないぐらい敵の試合もあるからだ。それがサッカーだからである。


一番分かりやすい例をあげて最後にしよう。


2002年の日韓共催のW杯。

日本のファンはあまり感じていなかったかも知れないが、日本の試合はどの試合も、主審はかなり日本寄りのジャッジだった。(韓国の試合も同様)

そしてそれは、間違いなく、開催国の「特権」であった。


それは、他の国も皆、認めていることなのだ。


日本が敗退した、決勝トーナメント1回戦のトルコ戦。

試合を裁いたのは、あの有名なイタリアのコ・リーナ氏。

スキンヘッドで有名な、世界的な名審判だ。(現在は引退されている)


あの超有名なコ・リーナ氏でさえ、試合では相当日本寄りの笛を吹いていたのである。

そんな試合をモノにできなかった、日本の力が足りなかったのだ。

そんな日本寄りのジャッジになるのが分かりきっている試合に勝つことの困難さを、最も分かっていたのがトルコの選手たちである。


だから、試合終了のホイッスルを聞いたトルコの選手たちの喜びようはハンパじゃなかった。

あらゆる不利な条件を克服して勝ったのだ。

優勝したような喜びようだった。


再び話は戻ってしまうが、先のサウジー北朝鮮の試合。

試合の後半にあった、2度のPKもどきのシーン。

もしもあの試合の主審が日本人の主審だったなら...?


答えは誰にも分からない。

そう思うしかない。