年なので車ではなく電車で便利な月釜を探していて見つかった茶会です
駅横ですが神社は大きく駅から広い長い階段を上がって茶会場へまだ階段を上がるとやっと会場に着きます
駅の生駒よりに参道があります、よって学園前から乗る時に時間が在ったので態々後ろへ行った
が枚岡駅の改札は中程に在るので又引き返す良い運動になりますが今はスべきでは有りません駅でてから一旦背伸びして体調整えて階段に朝鮮です。
最後の階段に在釜の表示が
上がると建物が2館 何処やと2つ目にちかずくと和装の御婦人がちらほら見えるこっちやな
下に案内が書いてある
神社の行事で通常の第3日ではないようです
帰りにお祭りの予行演習か布団屋台が昔の記憶では布団でなく金物装飾だったけど隣の神社かな?近鉄の車窓から見えてうれしかったなぁ。我が故郷は金物で飾っていたが近くに布団の神社も在った記憶があるが、上品ですが迫力がなく自己満足です。

秋の収穫祭も兼ねているので、此処枚岡が最東端か瀬戸内海の沿岸ではまつりに数種の屋台練が行われる
伝説によると女帝・神功皇后が荒いことが好きで朝鮮出兵時に応援で祝ったとか又ぶつけ合いは、粗さを競ったとかまた船にカキがついたのを擦り落とすためとか言われるが、サケの勢いで壊してしまって喜んでいる。しかし修復は絶対で費用は個人割や企業割でしんどい話。おまけにけが人もでるが未だまし従兄弟は屋台の下敷きになってあばら骨を追って即死笑ってなんか居られない
最近はまつりは見るもので担ぐものではないと担ぐ手が減って而も力がないものが多く、ますます危ない、まつりロボットが必用です 京都の祇園祭は担ぐのでなく引くのだけど、町では集まらなく学生アルバイトで維持してる。
岸和田の地車(だんじり)も有名ですが我々担ぎ派には子どものまつりと思えます。実際四国の長さ(地車と同じ大きさ)は担ぎますね最も逆に屋台を担いで地元町からみやまで担いでいく元気がなく屋台を車に乗せて宮まで運ぶのが通常になっています。それこそ子どもの祭りとはいえ危ないので学校からは禁止されているが、祭りは停められない




