7月2日(水)
今日はハンブルクからベルリンへ行く日。
でも昨夜寝たのが遅かったので朝しんどくてなかなか動けず結局昼から行くことに。
そして今日の大事件はトランクが壊れたこととホテルの部屋が取れてなかったこと!!
トランクはチャックがしまらなくなりました。
初っ端から傾いて大変だったのである程度予想していたんだけどこれは困った。
そしてホテルは系列のホテルをたらい回し。でもなんとか部屋を確保できました。
ホテルの手違いってことで大人数部屋を一人で貸し切り。
しかし、そのせいで時間を食って行きたかったところに行けなかった……。
それはナチス時代の強制収容所。
ザクセンハウゼン強制収容所に行く予定だったんだけど、バスの本数が少ないうえに遠くにあるので間に合わなかったのです。以前来たときにノイエンガメ強制収容所には一度行ったことがあるんだけど今回も予定にいれてただけにがっかり……。
ドイツに行くなら強制収容所に一度は行くべき。
あそこの空気は何かが違う。言葉がわからなくても必ず何かを感じます。
食らうダメージも相当です。
戦争の惨事なんて一言じゃすまされない出来事があったことを、今もあることを、私たちにひしひしと伝えて来ます。
Arbeit macht Frei……労働は自由をもたらす、の鉄看板の向こう側。
私たちは被害者だったかもしれない、そして同時に加害者だったに違いないから。
で、そのかわりに壁博物館に行った。ベルリンの壁について考えさせられる。
いろんな写真がそこで起こった現実を物語る。
もちろん中にはうれしい出来事もあったんだろう。引き裂かれた家族の再会とか。
けどやっぱり胸苦しい気持ちは消えなかった。
壁を越えようとした幾人もの人が銃殺された事実が重くのしかかる。
ベルリンは巨大都市。
過去の忌まわしい出来事も飲み込んで今がある。
ベルリンの壁ってほんとになんだったんだろうな。
私は今も答えを見つけられずにいる。
壁博物館の後は旧東ドイツの信号のシンボル、アンペルマンギャラリーへ。
実はホストファミリーにアンペルマンのTシャツをもらったんだ。
アンペルマン。ほんとにかわいい。今も一部の信号がアンペルマン。
それから壊れたトランクの代わりに新しいのを買うべく閉店ぎりぎりのモールへ。
なんとかいいのが見つかって一安心。高くついたけど。
夕飯にはベルリン名物ベルリーナヴァイゼの赤(ビールと木いちごのリキュールのようなものをカクテルしたもの)を飲んで巨大ピザと格闘して(もちろん負けてお持ち帰り)ホテルに帰って寝ました。
ベルリンでのテンションは上がったり下がったりと大変だった。
病気持ちにはよろしくない。
が、来てよかった。
と、思います。多分。。
今日はハンブルクからベルリンへ行く日。
でも昨夜寝たのが遅かったので朝しんどくてなかなか動けず結局昼から行くことに。
そして今日の大事件はトランクが壊れたこととホテルの部屋が取れてなかったこと!!
トランクはチャックがしまらなくなりました。
初っ端から傾いて大変だったのである程度予想していたんだけどこれは困った。
そしてホテルは系列のホテルをたらい回し。でもなんとか部屋を確保できました。
ホテルの手違いってことで大人数部屋を一人で貸し切り。
しかし、そのせいで時間を食って行きたかったところに行けなかった……。
それはナチス時代の強制収容所。
ザクセンハウゼン強制収容所に行く予定だったんだけど、バスの本数が少ないうえに遠くにあるので間に合わなかったのです。以前来たときにノイエンガメ強制収容所には一度行ったことがあるんだけど今回も予定にいれてただけにがっかり……。
ドイツに行くなら強制収容所に一度は行くべき。
あそこの空気は何かが違う。言葉がわからなくても必ず何かを感じます。
食らうダメージも相当です。
戦争の惨事なんて一言じゃすまされない出来事があったことを、今もあることを、私たちにひしひしと伝えて来ます。
Arbeit macht Frei……労働は自由をもたらす、の鉄看板の向こう側。
私たちは被害者だったかもしれない、そして同時に加害者だったに違いないから。
で、そのかわりに壁博物館に行った。ベルリンの壁について考えさせられる。
いろんな写真がそこで起こった現実を物語る。
もちろん中にはうれしい出来事もあったんだろう。引き裂かれた家族の再会とか。
けどやっぱり胸苦しい気持ちは消えなかった。
壁を越えようとした幾人もの人が銃殺された事実が重くのしかかる。
ベルリンは巨大都市。
過去の忌まわしい出来事も飲み込んで今がある。
ベルリンの壁ってほんとになんだったんだろうな。
私は今も答えを見つけられずにいる。
壁博物館の後は旧東ドイツの信号のシンボル、アンペルマンギャラリーへ。
実はホストファミリーにアンペルマンのTシャツをもらったんだ。
アンペルマン。ほんとにかわいい。今も一部の信号がアンペルマン。
それから壊れたトランクの代わりに新しいのを買うべく閉店ぎりぎりのモールへ。
なんとかいいのが見つかって一安心。高くついたけど。
夕飯にはベルリン名物ベルリーナヴァイゼの赤(ビールと木いちごのリキュールのようなものをカクテルしたもの)を飲んで巨大ピザと格闘して(もちろん負けてお持ち帰り)ホテルに帰って寝ました。
ベルリンでのテンションは上がったり下がったりと大変だった。
病気持ちにはよろしくない。
が、来てよかった。
と、思います。多分。。