㉒ エピローグ

 

 骨髄提供の手術から半年が経過したある日。ようやく解禁になった献血へと早速出向いた。提供後は6ヵ月間、献血をしないように言われていたので、ウキウキ気分。

 ことのきっかけとなった献血ルームではなく、その次によく利用していたルームへと向かう。今回は400ml献血ではなく、成分献血でお願いしますと受付で申し出る。ここで、骨髄提供後、初めての献血であることを伝えると、それはいつですか?と訊かれたので、日付を答えると問題なく、その後はいつもの手順で、問答、検査が進んでいく。久しぶりの献血で、テンションが上がるのだが、骨髄提供に比べると、準備も検査も早いものだ。私は成分献血は2回目だが、ゆっくり時間もあったのと、成分献血なら、次回もまた2週間後に出来るのでこちらを選択した。これからは成分メインで進めていこう。かくして通算35回目の献血が終了。

 

 

 

 そして後日、骨髄提供手術以降、初の会社の健康診断。以前受け取ったドナー手帳を受診時に医師に見せるよう言われていたのでそうする。そのことについてはここでは全く触れられず、ああもう過去のことなんだなと感じる。

 

 それから数日が過ぎ、いよいよ骨髄提供から一年が経過した。

患者さんとの手紙がやりとりできる期間が過ぎた。結局、お兄からの2回目の手紙は届かなかった。どうか快復していますように。

 

 そして術後から一年経過後、初の休日は一周年記念として、献血ルームへと向かう。

ルームに置いてあるバンクのパンフレットを見て一人でも登録者が増えますようにと願う。

 

 

 

 さて骨髄バンクから、久しぶりの封筒が届いた。

術後一年が経過し、保留になっていたドナー登録が解除になった旨が記されている。

これでまたオレンジ色の封筒で適合通知が届く可能性が復活。

その時が来れば、またいつでも協力させていただきたく思います。

 

 

 今回の私の体験記はこれにて終了とさせていただきます。

 

 数々の先輩ドナーの体験記も読ませていただき、参考になった部分が多々ございました。

 

 私の体験記も、これからドナー登録される方、これから骨髄提供をされる方にとって、少しでも参考になれば幸いと存じます。

 

 最後までお読みいただきましてありがとうございました。(完)

 

一人でも多くの血液難病の方が救われますように。