教育へのICT活用について、とてもおもしろいとてもおもしろい分析 分析、しかもデータ分析に基づくエビデンスをきちんと出そうという姿勢での分析です。
武雄市の取り組み「スマイル学習」については、わたしはまったく知らないので、意見を述べることはできません。
自分自身のICT活用の取り組みや考え方から、いくつか意見を述べてみます。また、以下の「 」内の指摘にも答えてみます。
...「文部科学省の検証データで、わかっていることだが、国立大学の附属校の場合、ICT教育による学力伸長が著しい。それは、もともと優秀な子がいるからではなくて、選抜試験によって、ある一定の学力の集団を形成しているからだと考えられる。同質な子供たちは、学力的にもお互いが身近な存在で、頑張れば容易に手の届くライバルだから、「個別学習」であれば負けじと競争するし、「協働学習」であれば、意見を戦わせ、お互いに刺激し合って成長することができる。だから、「習熟度別クラス編成」の学習塾・予備校や、受験によって選抜された公立高校・私立学校のように、「均質な学力の集団」では、今後、「反転授業」「個別学習」「協働学習」によって、学力を飛躍的に伸ばす可能性がある。だから、国立大学付属でICT教育に携わっている教師は、学内の成功事例を発表するだけでなく、そろそろ、公立学校とのタイアップによる研究を始めてはいかがだろうか。」
まずは、ICT活用、この場合は主に反転学習についてですが、基礎的な知識やスキルを学校の授業時間以外での学習でおこなってもらい、学校ではそれらの知識やスキルを児童生徒たちが共有している状況で発展的な学習や、知識やスキルの原理を考えていくようなアクティブラーニングをおこなうこと、が期待されているように思います。また、きっと学校の授業時間内で集団での一斉授業では知識やスキルの習得が十分にできなかった児童生徒がそれを補うために学習をするといった「個に応じた学習」が期待されているのでしょう。
したがって、教師には「学校という場を離れても学習に向かう姿勢を児童生徒にこれまで以上にもたせる工夫」が必要とされることになります。そうでなければ、「この学習をしなければ自分自身に大きな不利益がやってきて、それはとてもマズイことだ」と児童生徒に強く観念させる工夫やシステムを作る必要があります。あるいは、「先生がやっておいでね、と言ったことは当然やるべきで疑う余地もやらない余地もない」という意識を児童生徒にも保護者にももっていただくか、です。
以上の3点を意識して授業をデザインする必要があるので、それをみんなやれるかどうかに「学力向上」(何を学力としているかよくわからないのですが)がかかっています。けっこうたいへんですが、やってみる価値は十分にあります。
児童生徒がマスで大きく変わり、学校が変わり、社会が変わる可能性があるからです。
ここで、「システムが悪い」「端末が悪い」「やってこない児童生徒が悪い」になると、元の木阿弥です。
わたしが取り組んでいるICT活用では、「正解のない課題」に自分なりに取り組み、意見を述べることを多く求めています。たとえば教育用SNSに意見を述べてもらい、みんなで共有するというような使い方です。それは「自分一人では解決できない課題のほうが世の中には多くって、だから、衆知を集めて解決しよう!そのためには自分の意見がたとえ拙いと思っても投稿することが重要。意見の内容がみんなの役に立つこともあれば、あなたが投稿したことが他の誰かの投稿をうながすから。チームに貢献できるから。」というようにしています。これが、私の教育用SNS活用での主要なインセンティブの1つになっています。
つぎに、国立大付属についての指摘についてです。
この指摘はあたっている部分とあたってない部分があります。それはどうでもよいのです。そういうものですよね。
私が強く感じるのは、目の前の生徒のみなさんは、総じて「学ぶことには価値がある」とどうも思っているようで、それが学びへのインセンティブになっているようだ、ということです。だから、「難解で抽象的な課題」への解決意欲が非常に高いです。「わからないから考える」「わからないから人の意見を聞きたい」「なんかわかったからおもろくなった、発言しようかな」という感じです。あまり、競争的な感じは感じません。
それが、学習を支えてくれていると感じます。だから、基礎的な知識やスキルの習得は必要でもちろんやるのですが、授業のデザインの中に、「抽象度の高い課題」を配置します、というか、そこにアプローチする道筋を用意するようにしています。
「この学習活動や知識は、何のためになぜ必要なのか」も明示する必要があります。これは誤解を生みそうなのできちんと説明しますが、今の生徒たちには「噛んで含める説明」が必要なのではないのです。「何のためになぜ?」の解説は、わたしという授業者の「スキーム」を明確に提示するということです。それをたたき台にして、生徒たち自身が自分自身のスキームを作り出したり、あるいはわたしのスキームをパクったりして、社会や知の世界にさまざまにある「スキーム」に対峙する態度と力を得ていくことが必要だと思っているということです。
さいごに、公立学校とのコラボについてですが、やろうとするならば、国立大付属教員の授業半分以下に減らして、研究時間を与える必要があるでしょう。同じ時間帯に授業をしているからです。
放課後は?公立学校では部活動をしているし、みなさんなんらかの仕事をなさっています。
長期休業や休日は?
いつ休むのでしょう?
現実的には、国立大付属の教員の昼間の時間をあける工夫をするか、現在もっている「隙間の時間」や「授業の時間」を使って、自分の学校にいながらにしてコラボする工夫が必要です。それこそ、ICTが得意とする「距離が離れていてもコミュニケーションできるツール」であることが力を発揮するでしょう。
Skypeでお互いの教室を結んで発表しあって、感想を言う、というようなものではダメです。教員同士がコンセプトや学習活動を一緒にデザインしておこなう共同学習をICTを活用して実施することで、それが可能になります。
元公立高校教員として、国立大附属教員からの教えを請う図式とかはまったく意味がないと思っていますので、フラットな関係で一緒に創るが重要だと思います。
このような国立・私立・公立・小中学校を問わない遠距離間に離れながらにしておこなう共同学習には、ちょっとだけ取り組んでいます。めっちゃ面白いです。
いろいろ書きましたが、もと記事がよいからです。これもFacebookのようなソーシャルメディアのおかげです。