御岳山リトリートに去年、一昨年と2回連続で参加出来たのは、まぐれではない。
その日に向かってモチベーションを最大限に上げていき、運動トレーニングや健康的なことを沢山してきたからこそ、参加出来たのです。
リトリートが魅力的かつ刺激的(非日常的・快楽)な部分もあったからこそ、私は意欲が湧きました。
色んな体験や学習が出来る参加の善い所は大いに結構なのですが、
一つ大きな課題があらわになって来ました。
それは刺激的な快楽にしか意欲が湧かないという問題点です。
これにしっかり気づいたのは大きい。
リトリートは今年もしっかり申し込みしたいと思います。
問題点は普段と変わらない環境に舞い戻ってから生きる日常生活の質です。
リトリートという楽しみ、快楽を存分に味わってからのリアル現実日常環境との対面に、無常の苦しみを何割増しに味わうかもしれません。
でも苦しみそれもまた無常なので程なくして戻っていきます。
そこからが再スタートです。リトリートで学んだことも役に立つこともあるでしょう。
ですが基本的に過去2回とも元の木阿弥になりました。
モチベーションは極端に落ち、うつ、引きこもり、統合失調症のような体調、生活です。
いくら気をつけても、日常ヴィパッサナーに励んでも、少しの影響はあると思います。
日常生活を振り返れば、私は刺激的なこと(快楽)にしか反応しませんでした。
それがやっと今チャルーンサティを継続したり、なんとか気持ちを高めることで上向いてきました。
より刺激的であればあるほど、普通なことに何割増しかで無反応になっていくものです。
ことば
ー快楽とは苦を薄めたものである。
ー満たされなければ渇き、満たせば2倍の度を増して渇く。
【中道】
ブッダは、私たちが「欲におぼれる道」と「苦行をおこなう道」という二つの両極端な道のどちらを歩むことも、よしとしていませんでした。そうではなく、ブッダは私たちに「ただ快楽に気づきなさい」と説いたのです…アチャン・チャー
結論ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【中道】を歩く(生きる)のが善いだろう。
自分にとっての中道とはなんだろう?
それはこれから自灯明を持って学ぶことである。
私が幸せでありますように
生きとし生けるものが幸せでありますように