卒業式を中止した
3年生諸君へ。

未来に向かう
晴れやかなこの時に
諸君に向かって
小さなメッセージを
残しておきたい。

このメッセージに
2週間前
「時に海を見よ」題し
配布予定の学校便りにも
掲載した。
その時
私の脳裏に浮かんだ海は
真っ青な大海原であった。

しかし、今
私の目に浮かぶのは
津波になって荒れ狂い
濁流と化し
数多の人命を奪い
憎んでも憎みきれない
憎悪と嫌悪の海である。
これから述べることは
あまりに甘く
現実と離れた
浪漫的まやかしに
思えるかもしれない。
私は躊躇した。
しかし、私は
今繰り広げられる
悲惨な現実を前にして
どうしても以下のことを
述べておきたいと思う。
私はこのささやかな
メッセージを
続けることにした。
 
大学に行くとは
「海を見る自由」を
得るためなのではないか。

言葉を変えるならば
「立ち止まる自由」を
得るためではないか
と思う。
現実を直視する自由だと
言い換えてもいい。

中学・高校時代。
君らに時間を
制御する自由はなかった。
遅刻・欠席は
学校という名の下で
管理された。
又、それは保護者の下で
管理されていた。
諸君は
管理されていたのだ。

大学を出て
就職したとしても
その構図は変わりない。
無断欠席など
会社で
許されるはずがない。
高校時代も
又会社に勤めても
時間を管理するのは
自分ではなく他者なのだ。
それは
家庭を持っても
変わらない。
愛する人を持っても
それは変わらない。
愛する人は
愛している人の
時間を管理する。

大学という青春の時間は
時間を自分が管理できる
煌めきの時なのだ。

池袋行きの電車に
乗ったとしよう。
諸君の脳裏に波の音が
聞こえた時
君は途中下車して
海に行けるのだ。
高校時代
そんなことは
許されていない。
働いても
そんなことは出来ない。
家庭を持っても
そんなことは出来ない。

「今日ひとりで
海を見てきたよ。」

そんなことを
私は妻や子供の前で
言えない。
大学での友人ならば
黙って頷いてくれるに
違いない。

悲惨な現実を前にしても
云おう。
波の音は
さざ波のような
調べでないかもしれない。
荒れ狂う鉛色の波の音
かもしれない。

時に、孤独を直視せよ。
海原の前に一人立て。
自分の夢が何であるか。
海に向かって問え。
青春とは
孤独を直視すること
なのだ。
直視の自由を
得ることなのだ。
大学に行くということの
豊潤さを
自由の時に変えるのだ。
自己が管理する時間を
ダイナミックに
手中におさめよ。
流れに任せて
時間の空費に
うつつを抜かすな。

いかなる困難に
出会おうとも
自己を直視すること以外に
道はない。

いかに悲しみの涙の淵に
沈もうとも
それを直視することの
他に我々にすべはない。

海を見つめ。
大海に出よ。
嵐にたけり狂っていても
海に出よ。

真っ正直に生きよ。
くそまじめな男になれ。
一途な男になれ。
貧しさを恐れるな。
男たちよ。
船出の時が来たのだ。
思い出に沈殿するな。
未来に向かえ。
別れのカウントダウンが
始まった。
忘れようとしても
忘れえぬであろう
大震災の時の
この卒業の時を忘れるな。

鎮魂の黒き喪章を胸に
今は真っ白の帆を
上げる時なのだ。
愛される存在から
愛する存在に変われ。
愛に受け身はない。

一言付言する。

歴史上かってない惨状が
今も日本列島の
多くの地域に存在する。
あまりに痛ましい
状況である。
祝意を避けるべきでは
ないかという意見も
あろう。
だが私は
今この時だからこそ
諸君を未来に
送り出したいとも思う。
惨状を目の当たりにして
私は思う。
自然とは何か。
自然との共存とは何か。
文明の進歩とは何か。
原子力発電所の事故には
科学の進歩とは
何かを痛烈に思う。
原子力発電所の危険が
叫ばれたとき
私がいかなる行動をしたか
悔恨の思いも浮かぶ。
救援隊も
続々被災地に行っている。
いち早く
中国・韓国の隣人が
やってきた。
アメリカ軍は三陸沖に
空母を派遣し
ヘリポートの基地を提供し
ロシアは天然ガスの供給を
提示した。
窮状を抱えた
ニュージーランドからも
支援が来た。
世界の各国から
多くの救援が来ている。
地球人とはなにか。
地球上に共に生きる
ということは何か。
そのことを考える。

泥の海から
救い出された赤子を抱き
立ち尽くす
母の姿があった。
行方不明の母を呼び
泣き叫ぶ少女の姿が
テレビに映る。
家族のために
生きようとしたと語る
父の姿もテレビにあった。

今この時こそ
親子の絆とは何か。
命とは何かを直視して
問うべきなのだ。

今ここで
高校を卒業できることの
重みを深く共に考えよう。
そして、被災地にあって
命そのものに対峙して
生きることに懸命の力を
振り絞る友人たちのために
声を上げよう。
共に共にいまここに
私たちがいることを。

被災された多くの方々に
心からの哀悼の意を
表するととともに
この悲しみを胸に
我々は新たなる旅立ちを
誓っていきたい。

巣立ちゆく若き健児よ。
日本復興の先兵となれ。

被災者の人々への援助を
お願いしたい。
もとより
ささやかな一助足らんと
するものであるが
悲しみを希望に変える
今日という日を
忘れぬためである。
卒業生一同として
被災地に
送らせていただきたい。

梅花春雨に涙す
2011年弥生15日。

校長



途中省略してあります。

この現実を直視し
共に闘い
共に生きる。

こういうときだからこそ
買い占めとか犯罪とか
そういうところに
力を使うのではなく
人間として助け合いたい。

都心に住む人々は
力を使う場所を
どこか間違えてるよ…