napolitanのミラノのブログ -130ページ目

くだらな選手権エントリー作品

古のある日の大分空港。
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ん~

こういうこと、本気でやっちゃったのね。

乗客からは、笑い というか 苦笑が。

サモア酋長の視点

「パパラギ」を読んだ。
10年以上前にあやさんに借りっぱなしで読んでいなかった本を、なぜかあや家の本棚で見つけてしまった。
そんなわけで読んでみた。
1910年代にヨーロッパを訪れたサモアのツイアビ酋長の演説集だ。
内容は、西洋文明批判。
決して彼らに屈しず、自らの国と文化を保持しようという島民への訴え。

これは、不朽の名作です。地球にとって宝物のような本。


酋長の洞察力表現力に感嘆。
パパラギ(白人)の服装、職業、家、お金、時間の概念や実態を彼の視点と表現で伝えている。
「石の箱」=家
「石の割れ目」=都市(整備された道)
「割れ目人間」=都会の住民
といったかんじで、彼らの辞書にない言葉を表現している。
「ヤシはパパラギよりも、ずっとかしこい。」
「パパラギの言葉は、バナナのように甘い。だがそこには、私たちの全ての光と全ての喜びを殺してしまうかもしれない槍が隠されている。」
内容は鋭くても、その比喩や表現が微笑ましく、現代文明への危機感と同時に南国への憧憬や一抹の懐かしさを感じてしまう。

職業についての一節は、私の敬愛するバックミンスター・フラーとある種同じ結論に至っているのがすごい。
フラーは60年代に、専門分化こそが人間本来の包括的な思考を妨げ、諸問題を解決できずにいると訴えた。
対する酋長は、
「できることはたったひとつだけ、というこの能力には、大きな欠陥と危険がある。というのは、だれだって一度くらい、どうしても入り江でカヌーを漕がねばならなくなるということは、大いにあり得ることだから。」
「全ての’職業’は、それだけでは不完全なものなのだ。なぜなら人間は手だけ、足だけでなく、頭だけでもない。みんなを一緒にまとめていくのが人間なのだ。手も足も頭も、みんな一緒になりたがっている。」
2人の違いは、対象規模が地球か、サモア島かという点だけではないだろうか?

ツイアビ酋長の訪欧から約1世紀。
現在西洋文明は、自らが孕む危機を認識し、回避へと向かっているのだろうか?
現代のサモアはパパラギ文明に毒されていないだろうか?


サモアの地震後の復興に関する情報が今ひとつ入ってこないけど、、政府のサイトはunder constructionだし、samoaobserverというウェブサイトでもほとんど地震のことには触れていないし。案ずる。

いつか訪れたい国の一つです。

田舎

おじいちゃんの埼玉にある実家へ。
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おじいちゃんの妹、なかちゃんが作るこんにゃくは絶品!
おしょうゆで、お刺身みたいにして食べる。
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みんないい人たち。
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