GiangとNam | napolitanのミラノのブログ

GiangとNam


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Giang(ヤン・左)とNam(ナム・右)。

夕方、フーヒップでの授業が終わった後。
私たちの帰り道、自転車の後ろに乗せて行ってほしいと言う。
行き先はドンバ市場。
22時頃まで、ゴミ拾いの仕事をすることになっているらしい。
ペットボトルやプラスチックバッグや缶は、少しのお金になる。
フーヒップでは、大人と子供が一緒になってこの仕事をしに市場へ出向く。

私たちは送る道すがら、4人でサトウキビジュースを飲んだ。
あやさんは「育ち盛りなんだからもっと太りなさいー」と言いながら、2人に肉まんもおごっていた。

GiangとNamは13才。
学校へは2年以上行っていないため、通う権利を失っている。
家庭環境は2人とも良くない。
特にNamは親や家族の愛情を知らずに育っている。

Giangはいつも笑顔で優しい女の子。
この日は「Napoの後ろにma(オバケ)がいる」とウソの指摘をして戯けたり。
親に低賃金の工場へ働きに行かされたときは、フーヒップからこつ然と消えた。
あやさんは親を説得して先月Giangをここに呼び戻すことができた。

Namは、笑ったり甘えたりするのがヘタなほう。
よく泣いたり怒ったりしている。
私が個人授業でアルファベットを教えながら時々褒めまくると、照れ笑いするのが本当にかわいい。
Namにはもっともっとたくさん笑ってほしいと思う。
血がつながっていなくても、自分に注がれている愛情がある事を受け止めてほしい。

トイレやお風呂がない集落。
ゴミ収集が収入源。
学校に行けない。
教育に無関心で、中には子供が稼いだお金をお酒や賭博に費やす親たち。
言葉にするだけで目の前が暗くなるような環境の中で、それでも彼女たちは驚くほどまっすぐに育っている。
こんなに元気でいい子でかわいくて、品性さえ備えていることは奇跡的だし、敬意さえ抱いてしまう。

学校に行かないのではなく、行けないという状況が、日本人の私にはピンとこない。
日本のように教育を受けるのが義務ではなく、その権利がないということが。
フーヒップに来て、教育の大切さを痛感する。
貧しい家の子供でも、教育を受けることで将来の可能性がぐっと広がるんだ。
NamやGiangは、その「貧しい家」よりさらに貧しい。
学校教育の代わりに、彼女たちにチャンスや夢を与える方法があると信じたい。
私にできることは、なんだろう? いまだ模索中。
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