中学生の時、トルストイ『戦争と平和』の読書感想文コンクールで最優秀賞を受賞した女の子がいました。

   同級生ながら、「あんな難しい本が読めるなんて・・・。」と何度も思ったことです。

   特に、ロシア文学は登場人物の名前が長いこと、共産主義帝国の抑圧を受けていること、暗いテーマが多いこと等、勝手に決め込んで遠ざける一方でした。

   それでも、死ぬまでにソルジェニーツィン『収容所列島』だけは読みたいと、心に決めているのですが・・・。

   なぜなら、ロシア政府に対し、「北方領土を日本に返還すべきである。」と堂々と述べているからです。

   さて、今夜の一人鑑賞会、水野晴郎さんも納得「文学って、いいものですね。」と仰る清水さん推薦『愛について』、少年の葛藤の日々を追ってみましょうか。

   語ることができない1本とともに。

 

コニャック【ルイ・ロワイエ   VSOP

 

★★★★★★★一人読書会★★★★★★★

   ロシア文学といえばワジム・フロロフ『愛について』は、思春期の性に目覚めた男の子を主人公にしたお話です。

   男の子のお母さんは劇団の俳優さんですが、同じ劇団の俳優さんと恋に落ちて、お父さんとは離婚してしまいます。

   でも周りの人は、公演旅行が続いているからいつまでたっても帰ってこないのだと嘘をついて、男の子に隠している。

   ある時、ひょんなことでお母さんがイルクーツクにいることがわかります。それで、男の子はレニングラードからモスクワへ出て、シベリア鉄道に延々と乗って、一人で旅をして行くのです。

   さて、少年は、お母さんが公演をしている劇場の近くの木陰で、お母さんが出て来るのをじっと待ちます。

   するとお母さんが出てきます。

   男の子はお母さんに飛びつきたいと思うのですが、気が付くと、お母さんの傍らに男性がいる。男の子は飛び出せなくなります。

   彼は黙ってお母さんたちの跡をつけます。

   やがてお母さんと男性はベンチに座って、語らいを始めます。

   ところが、男性と語らうお母さんの表情に、男の子はお父さんと向かい合うときには母親が一度も見せたことのない、とても愛情のこもった表情を見出すのです。

   男の子はその事実に打ちのめされます。

   でも、だからといって、お母さんを責めない。「そうか、あの人とお母さんはこういう関係なんだ」と、このとき、彼は大人への階段を一歩のぼります。辛いけれども上らなければならない階段なんですね。

   男の子は黙ってその場を立ち去ろうとします。でも、その後がいい。

   実は男の子は全く気づいていなかったのですが、彼がとても信頼していたおじさんが、男の子の動静をつかんで、レニングラードからずっとついてきてくれていたのです。

   そして男の子が一番つらいその瞬間に、ちゃんと抱きとめてくれるのです。

   文学って、やっぱりいいですね。

(清水眞砂子『本の虫ではないのだけれど』)