千本さんが読んだウーリー・オブレブ『走れ、走って逃げろ』の感想を拝聴しながら、ホロコーストの首謀者アイヒマンを思い出さずにはいられません。

   あれだけの残虐非道をしておきながら、敗戦が濃くなると逃亡、挙句の果てはアルゼンチンまで逃げ延び、まるで何事もなかったかのように暮らし始めます。

   驚くべきことに、ナチス一党を歓迎する国が南米にあったということです。

   最後はナチス戦犯を追い続ける「モサド」によって捕らえられ、全世界が注目する中、イスラエルで裁判にかけられ絞首刑。1962年、戦後17年も経ってからのこととなりました。

   さて、主人公はただ一人森をさまよい、身をひそめながら、途中ドイツ兵に見つかりながらも機知で乗り越えたユダヤ人少年の逃亡劇。

   よくぞ生き延びたと胸をなでおろしながらも、一方は、ユダヤ人せん滅を至上主義とし、裁判では「命令に従っただけ・・・。」を繰り返したヒトラーの側近。

   なお、裁判中にユダヤ人大量虐殺の生々しい映像を見せられても平然としていたアイヒマン、人間の血は一滴も通っていないことに背筋が凍りました。

   また、アイヒマンの家の近くに潜んでいた「死の医師」メンゲレは、身の危険を感じさらに逃亡、最期は海水浴で心臓発作を起こし溺死・・・。

   裁かれることなく、我が罪を隠蔽し、何事もなかったかのようにこの世を去っています。

   これからも、本や映画で戦争の愚かさを知るだけでなく、自分ならどうしただろうかと置き換えながら、学びを続けたいと考えます。   

 

★★★★★★★一人読書会★★★★★★★

   少年の名はスルリック。

   1942年夏、彼が住むワルシャワのゲットーでは、住民が狩り集められて絶滅収容所に運ばれる「移送」が始まっていた。

   その混乱の中でスルリックは父母、兄弟に次々にはぐれ、衣食住の支えを失った。

   農夫の荷車にもぐりこんで町から逃れてからのスルリックは森から森へ、農村から農村へとわたり歩く放浪生活をつづける。

   やがて仲間をも見失った。8歳。自分の住所も言えなかったような子ども一匹である。

   ドイツ兵にでも見つかればたちまち収容所送りだ。

   少年は朝露をなめ、雨水を飲み、森のベリーやキノコを食べ、パチンコで鳥を射落とし、ガラスのかけらをナイフ代わりに使い、苔の生え方を見て迷わず森を歩く術を学び、さらには農家で働くときにはいわれた以上の仕事をこなし、生きる道を一つまた一つと切りひらいていく。

   スルリックはある日、畑道でドイツ兵の姿を見かけ、かたわらのジャガイモ畑に飛び込む。

   そこで彼は腹ばいになっている、やつれ果てた先客のユダヤ人に出くわす。ずっと以前にゲットーで生き別れになった父親だった。

   父と再会もつかの間、父はドイツ兵の前に自ら姿をさらして銃撃を受け、そのすきにスルリックは森に逃げ込んだのだった。

   戦後わかったのは母と兄はゲットー内で射殺されたこと、姉はロシアに逃れたことなどだった。

   彼はポーランドの孤児収容施設に入れられ、一から読み書きを学び大学に進んだ。

   その後、イスラエルに移住。ヨラムと名前を変え、数学教師になった。

   この話を本人から聞き取ってまとめたオルレブは、「ヨラムは教育者として数学も教えているといったほうがいい」と書いている。

   私たちはここから、生きるに必要な、あるいは生きるに値する、一切のものをはぎ取られた一人の少年が、新たに自分なりの人生を築き上げていく過程をつぶさに見てとることができる。

   生き延びるための可能性をすべて生かし切った者の記録をして、もっと丹念に読まれていいような気がする。

(千本健一郎『よく生きることはよく書くこと』)

 

★★★★★★★一人鑑賞会★★★★★★★

   1957年、逃亡したナチ戦犯の追及を続けていた検事フリッツ・バウアーは、アイヒマンが偽名でアルゼンチンに潜伏しているという情報を入手した。

   彼はモサド(イスラエル諜報機関) に情報提供を行い、早速ブエノスアイレスに工作員が派遣されたものの、消息をつかむのは困難を極めた。

   しかし、彼の息子は交際していた女性にたびたび父親について語っていたことから、モサド工作員は、息子の行動確認をしてアイヒマンの足取りをつかもうとした。

   2年にわたる入念な捜査のすえ、モサドはついに彼を見つけ出した。   

   モサドは、作業班を結成させ、ブエノスアイレスへ飛んだ。   

   作業班が彼をアイヒマンであると断定したのは、自身の結婚記念日に、彼が花屋で妻へ贈る花束を買ったことであった。

   1960年5月11日、アイヒマンがバスから降りて自宅へ帰る道中、路肩に止めた車から数人の工作員が飛び出し、彼を車の中に引きずりこんだ。   

   車中で、親衛隊の制帽を彼にかぶせ、写真と見比べ、「お前はアイヒマンだな」と尋ねた。

   彼は当初否定したが、少し経つとあっさり認めた。

(映画『検事フリッツ・バウアー』)(ウィキペディア)