先週の土曜日は父の百箇日法要でした。
お寺さんで私と弟と弟嫁の3人でした。
母が入所していなければみんなで参加できたのにな、と母のことを考えていました。
法要が終わり住職さんのお話では、
百箇日は別名、卒哭忌と言い、泣くことから卒業するという意味とのことです。
そして、毎回父の思い出を話してくれます。
卒業しなきゃいけないのに、私はまだまだ泣いてしまいます。
最後の入院中の父の姿、自宅ベッドで寝ている父。
実家に行くと「来てくれたんか」と嬉しそうな父。
私が帰るとき、身体が動けるときは道路まで見送ってくれ
動けないときは部屋から手を振ってくれていた父。
父との最後は病室に移動するとき、私が父を見送りました。
まさか、この24時間以内に最期を迎えるなんて想像もしていませんでしたけど。
毎回同じような泣き言になってますね(笑)
それから母を思ってまた涙。
先週末に2回母の夢を見ました。
私が20代に飼っていたワンコを抱きながら
「ちょっとウチ(実家)に行ってくるわ、すぐ戻ってくる」と母に言ってる夢。
母の姿は今の母で、父はいなくなっているシチュエーション。この続きは覚えていません。
その次は、実家の玄関ないの土間で母がさやえんどうの筋を取っている姿。
これも、一瞬の夢でした。
これは弟が生まれるとき、幼稚園から私が戻った後同じシーンがあり、その後病院に行った事実があり夢なのか思い出しなのかよく分かりません(笑)
母のことを思い出すあまり、夢で会わせてくれたのでしょう。
窓越しなら面会はできます。
私は母に会いたいです。
でも、母はどうなんでしょう。
もう私を忘れてしまっているのなら、会っても構わないのですが
私を思い出して(私越しの実家のこととか)、帰りたいと思ったら母を苦しめることになります。
母が納得して入所したのなら喜んで会いに行けるのに、母の意思に関係なく入所しているので、やっぱり私がガマンすればいいようです。