今日の1枚はタカラ野球ゲームカードより、津野浩。
津野といえば、”19歳トリオ”ですよねぇ~。
今聞くと、なんかアイドルかなんかかと思いますが。
…19じゃあ、アイドルとしてはトシなのかな?
この”19歳トリオ”、西武の渡辺久信、南海の加藤伸一、そして日本ハムの津野浩。
今でこそ渡辺監督は民主党の岡田幹事長みたいな顔になっちゃってますが(似てません?)、当時は3人ともハンサム(イケメンという言葉はなかった!)ピッチャーだったんですよね。
19歳ですから、3人とも高卒入団すぐ活躍したんですよね。
出身高校は渡辺が群馬の前橋工業、加藤が鳥取の倉吉北、津野が高知の高知商。
高校時代の実績では津野が1番ですね。
83年、エースとして夏の甲子園に出場。
3回戦で箕島の吉井理人からホームランを放つなど、打撃面でも活躍。
準々決勝のPL学園戦では大量リードをしたものの、桑田に満塁ホームランを打たれるなどして逆転され、9-10で敗戦。
…だったと思うんですが、記憶だけで書いてるんで、細かいところ間違っているかもしれません。
高知商業ってこの頃、すごかったんですよね。
ピッチャーが。
津野の前には阪神でクローザーで活躍した中西清起がいて、津野の後には大洋・中日で活躍した中山裕章、元ヤクルトの岡林洋一などがいますからね。
そして83年秋のドラフトで3位指名を受け、日本ハム入団。
”19歳トリオ”といわれた1年目は11先発で4勝8敗、防御率6.64。
85年、高田繁が監督になると、津野は3年連続開幕投手を務めるんですね。
その85年から89年までの5シーズン、先発を務め毎年7勝以上。
86年に10勝、89年に11勝と2桁勝利を2回。
ただ、86年は10勝10敗、89年は11勝11敗と、勝ち越しはできず。
…というか、先発でまわった6シーズン、勝ち越しシーズンはないんですね。
防御率も88年の2.92が最高ですが、88年以外では4点台が2回、5点台が2回。
ちょっと先発投手としては厳しかったかもしれないですね。
90年、まだ津野は25歳だったんですが、先発5試合に終わるんですね。
チームの新旧交代にかかった…って書こうと思ってたんですけどね。
肘の故障もあったようですが、91年も6試合の先発に終わり、広島へ移籍。
広島では1試合の登板に終わり、93年、中日に移籍。
中日では中継ぎで27試合登板と復活を思わせましたが、94年は一軍登板なしに終わり、95年はバレンタイン体制となったロッテに。
ロッテでは3シーズンで21試合登板し、97年、現役引退。
実働13年、通算53勝71敗。
現在はプロゴルファーになっいるんだそうですね。
ということで、今日は津野浩でした!