おはようございます ゆのなおです

3日間、連続して、「奇跡のりんご」の
木村秋則さんのことを書いてます

一躍、時の人となった、木村秋則さんですが、
その後、彼は、「木村農法」という自然栽培農法を
全国に広めようと、活動しています

ところが、皮肉なことに、地元ではあまり
賛同者がいません

そこには、長年の農業に携わる多くのひとの
中傷や、農業に対しての考え方の違いが
あるのでしょう~

自然農法を学びたいと最初に手を挙げたのは
遠く離れた石川県羽咋市でした

でも、そこから、着実に広まっていっています

私の地元、青森県八戸市でも、(秋則さんの
地元からはだいぶ離れています)彼の自然農法を
学びたいというひとたちの勉強会が開催されています

有名になった彼のもとには、いまだに、いろんな
嫌がらせなどもあります

そうそう、彼は、宇宙人とも会っているそうです
ヾ(@°▽°@)ノ

彼は、いつも、あの歯のない笑顔で、たんたんと
いろいろなことにチャレンジしています

そんな彼を、じっと影で支え続けた奥様に、
今度機会があったら、お会いしてみたいと
思っています

それでは また



おはようございます ゆのなおです

さて、昨日のブログの続き・・・

木村秋則さんの人生を少しだけ
紹介しますね

「奇跡のりんご」を、作ろうと思った理由は、
奥様が農薬アレルギーだったからです

秋則さんは結婚し、奥さんは、りんご農家の嫁と
して、一緒に働いていました

その当時、りんごは、虫駆除のため、農薬散布し
育てることが、常識でした

その農薬が、奥さんの体を蝕んだのです

農薬アレルギーと戦う奥さんを見て、秋則さんは
農薬をいっさい使わない方法で、りんごを育てる
ことを決心しました

決心したは、いいものの、周りのりんご農家は
大反対!

それはそうです

周りの農家は、農薬でせっせと虫駆除してるのに、
自然栽培の秋則さんの農園から、虫が寄って
くるのですから!

近所のりんご農家から、たくさんの嫌がらせを
受けることになります

もちろん、そのしわ寄せは、秋則さんの家族にまで
及びます

その上、自然農法のりんごは実らない

何年も何年も失敗の連続

そして、借金だらけの生活

ある年の村のお祭りの日

家族をお祭りに送っていった後、
秋則さんは、とうとう、自殺を思い立って
ロープを持ち、岩木山の山奥に入っていきます

首をつる木を求めて、山の奥へ奥へと
入っていきました

その時、その山奥にりんごがたわわに、
実っている1本のりんごの木を発見します

「肥料もなにもないところで、なぜ、こんなに
 りんごが実るんだ?」

秋則さんは、近づいて、木の根元の土を
触ってみるのです

これが、秋則さんの人生のターニングポイント(ノ゚ο゚)ノ

ここから、自然農法の真実に気づき、「奇跡のりんご」が
生まれたのです

詳しくは、本を読んでみてくださいね(@ ̄Д ̄@;)

大きなことを成し遂げるひとは、同じくらい大きな試練や
苦難がやってきます

今、成功してると思われる経営者も例外なく、必ず、
1度や2度は、自殺を考えるまでの苦難がやってきて
そこを、乗り越えてます

「あなたに乗り越えられない試練は起こらない!」

次回は、その後の木村秋則さんの人生を
これまた、少し紹介しますね  

それでは、また



おはようございます  ゆのなおです

「奇跡のりんご」を作った木村秋則さんって
知ってますか?

彼を主人公にした映画が製作されたり、
NHKの番組「プロフェッショナル」に
出演されたりしているので、ご存じのかたは
多いと思います

今週木曜日、ひょんなご縁から、その
「木村秋則」さんの、りんご園を訪ねる機会に
恵まれましたヾ(@°▽°@)ノ

たまたま、その様子を、フェイスブックで
アップしたら、わたしのもとに、たくさんの
問い合わせが来ました(ノ゚ο゚)ノ

「木村さんの講話を聴きたいのだけれど
 予定があるのか?」
「どういうつながりで、木村さんと接触
 できたのか?」  などなど

なぜ、こんなにも、木村さんの話を
聞きたいのか?

それは、映画やNHKの番組や著作の
本から、木村さんの生きざまに興味を
持たれたからなのでしょう~

実際、お会いした秋則さんは、小柄な
農家のおじさんっていう風体で、
前歯のない口を大きくあけて、
笑いながら、私たちと話してくれました

その日は、朝から好天に恵まれ、
秋則さんのりんご畑のうしろにある
岩木山もくっきり、美しい姿を見せて
くれました

次回のブログで、秋則さんをご存じない
かたのために、どんな人生を送って、
「奇跡のりんご」を生み出したのか?

少しだけ、お話しますね

それでは、また