5人の女性作家によって、JR九州が運行する博多駅発着で九州を一周する豪華寝台列車のななつ星を舞台にして展開する人間模様が描かれたアンソロジーです。高級ホテル並みのもてなしを受けながら移動する列車に乗って、夫婦、親子、親友同士が日常を離れた時間を満喫するとともに、失われていた何かに気がつき人生を振り返る。夢のような非日常の空間だからこそ、それまでの記憶を思い出させるとともに、誰もが求めている人生の余白の大切さに気がつかせてくれます。5人の実力派の作家たちによる短編は、どれも心にしっとりと残る余韻を味わわせてくれますが、私としては三浦しをんの「夢の旅路」がとても印象に残りました。
道内出身の桜木紫乃による「ほら、みて」は、定年退職を迎えた夫と時間を共にする中で、独立して絵本セラピストの道に進むことを決意した熟年の妻が、ななつ星の旅行の中で夫に卒婚を突きつけると、意気消沈した夫から「ほら、みて」の絵本の読み聞かせを請われるという物語ですが、長い夫婦生活を送る中で変化してきた二人の時間が一冊の絵本の存在によって和合し、残りの人生を歩む夫婦の絆の深さを暗示させる最後の一文でしっかりと胸に落とし込むところはさすがだなと思いました。
私にこの本を贈ってくれたのは、釧路で絵本セラピストの活動をするとともに桜木紫乃ソムリエを公称している方なので、収められているのが絵本セラピーをモチーフにした作品と気づいて、作家とファンにとどまらないその関係の深さに思いを新たにしました。