スケーターワルツ (ちくま文庫)/加賀 乙彦
※商品画像がありませんでした。byなおぱんだ
著者は精神科医でもある作家です。フィギュア・スケート歴も長く、その経験が氷上に舞うスケーターの心理的描写に生かされています。巻末の解説には、”小説家加賀乙彦と精神科医小木貞孝が協力して書かれた作品である”と記されていますが、両者は同一人物であり、加賀乙彦は小木貞孝のペンネームになります。協力という表現は、主人公の少女が拒食症の症状により精神病院に入院を余儀なくされますが、その病状や治療の経緯が精神科医による専門的知識に裏付けられていることから用いられているものです。
大学に通う将来を嘱望された天才的フィギュア・スケーターの少女。コーチの厳しい指導やクラブの仲間からの嫉妬に悩まされながらも、大会出場に向けて黙々と練習を繰り返す。目標である大会への出場に向けてコーチから減量を指示されるが、それが断食から拒食へと悪化の一途をたどり、やがて強制入院による治療との闘いが始まる。環境を変えて新しいコーチの指導の下で復活を果たし、全日本大会のリンク上で強豪たちとの闘いに臨んだ後、彼女は自ら進む道に決断を下す。
時代的には'80年代の空気が背景に流れていて、とても懐かしさを感じる作品です。スケート競技が流行したのもそのころですよね。私の周りでも、当時休みの日に近くのリンクに足を運ぶ人が結構いたことを覚えています。著者は精神科医ということもあって、嫉妬や羨望、葛藤、畏怖などの人間の内面的心理が専門的な用語や解説によって描かれています。このような描写は他の作品にも多用されていますが決して押しつけがましいものではなく、逆にそれが人間の深層心理に触れるカギとして簡潔に描かれいて、とても興味深く感じます。
同じく精神科医の作家として北杜夫などがいますが、両者とも私が好きな作家です。