スーパーと短期バイトが同じだった福田さん。

私は年明けから短期バイトをしていた職場で、事務パートに職種を変更して働いていましたが、福田さんはなかなか次の仕事を決めかねていました。


それまで親しくはありませんでしたが、短期バイトの最後辺りで連絡し合うようになりました。福田さんは10歳年上で、ご主人と高校生の娘さん中学生の息子さんという家族構成でした。



私は、新しい部署の人間関係が日に日に嫌になってきて、仕事も新しく作られたものらしく、直属の上司も仕事の指示が曖昧で辞めるなら早い方が職場にも私にも痛手は少ないかなと思い、また新聞の求人を見るようになっていました。



福田さんと同時に(新聞広告だから)場所も仕事内容も良さげな会社をみつけました。書類の仕分けの軽作業と一般事務。どちらも一名募集でした。


私は一般事務がよかったのでそちらに希望を出し、福田さんは軽作業で応募してすぐに採用されましたが、私は応募書類と共に選考結果不採用の通知が来ました。



嫌々ながら次の職場が決まるまで、事務のパートをしながら他の会社に応募していましたがなかなかうまくいきません


しばらくすると福田さんが働き始めた会社の一般事務の求人がまた新聞に載っていました。

採用された人どうしたのかな…と思ったけど私は書類で落とされたから縁はないと思って他の求人を見ていました。


その夜福田さんから電話で『にい那さんが応募したときに採用された人、2日しか来なかったんだよ、毎日体調悪いって電話して来て、でもすごい可愛くて常務が気に入ってたの。』

『その子とにい那さんのふたりが書類で絞られてて、その子が独身でにい那さんは子どもがいるからってその子が採用になったんだよ。』


…なんちゅー理由だ…。


『常務がまた新聞に載せるって言ってたから、にい那さんは知り合いだって言ったら面接に来ないかって言うんだけどどう?』

『常務は写真しかみてないよ、学歴とか何にも。その辞めた子の職歴、24なのに履歴書の欄いっぱい書いてあって細切れだった。』

「履歴書みたの?」

『うん、常務が見せてくれた。』


個人情報も何もあったもんじゃない世界…

ゆるゆるな会社だけどまずは面接の場数を増やしてみようと思い

「職歴見ないんだね。うん、せっかくだから面接行くわ。」


…と、この流れで常務と所長の面接を受け、もっと早く福田さんの知り合いって聞いてたら2回目の新聞広告出さなくて済んだのに、などと笑ってましたが顔で選んだんですよね、などと言えるわけもなく愛想笑いをしていたら

『僕はね、あなたの方がいいって思ってたんだけど子どもがいるからすぐ休むかと思ったんだよ、そしたら採用した子は2回来てもう来なくってね、びっくりだよ悪かったねぇ。頑張ってもらいたいから時給一番高く(求人欄に載せた時給◯◯〜※※の※※)しておくね。』

と、ありがたい言葉をいただき、早々にこの〝A社〟に仕事を変えました。

ただ、正社員ではなくパートタイマーでしたが時給は前の所より30円アップスーパーより50円アップでここでお世話になることになりました。




a子が遊びにきていた時、私は元夫たちのこと

なんでも話してくれていいよと言っていたので

あやちゃんが義実家で住み出した頃の話を聞きました。


あやちゃんは、私が家事をしない人だったと元夫から聞かされていたらしく

『前の奥さんは掃除や料理やらなかったんですよね?』と義妹たちに聞いていたけど

みんな適当に話し合わせているのに(揉めると面倒だから)しょっちゅう実家に来ているb子は「にい那ちゃんは家事も子育てもちゃんとしてたよ!」と真面目に答え、義両親や元夫から余計なことを言うなと叱られ泣いていたそうです。


同居してた時は嫁いびりばかりしてきた小姑だったのに、わからないものだと感慨深く思いました。


あやちゃんの子どもは女の子でした。










短期バイトから一般事務のパートに職種を変わり、年明けから新天地でお仕事。
スーパーも年末で退職したので仕事は8:30〜17:00の事務だけです。

年明け初出勤、社員も部署も多くて誰が誰だかわからない状態でしたが
とりあえずすれ違う人全員に挨拶し、部署の朝礼で初日の挨拶をしました。

2日目
『私、新人さんから無視されててこわーい。』続けて〝えーかわいそう〟〝怖いねー〟〝やっぱり違うね〟と言う声が聞こえてきました。

私か⁈と、誰でもわかることだけど
体型も髪型も似通ってて見分けがつかないグループ5人。

それに最初の発言者(Rさん)はいつの間にか居る感じで、朝いなかったならわからないと思ったけど

「今月からお世話になる◯◯(苗字)です、挨拶が遅れてすみません。」とRさんの前に出て言うと
『えー!ううん、ううん、そんなの大丈夫ですよぅ、こちらこそ〜』と謎の返し。

自分の席に戻ると『怖い〜あの人。』とまた始まりました。


実際怖いのはこっちでしょ
と思うけど、女子の多い職場は仕方ないかと…
また就活をやり直すのも何だし、スーパーより20円高い時給だし…と色々考えて我慢することにしました。


離婚後1ヶ月経った頃に義妹のa子が訪ねてきました。
理由はお兄ちゃん(元夫)の振る舞いが酷すぎることと、長娘と次娘にこれからも会いたいから。でした


a子は義母(a子・元夫の母)の発言のせいで破談になったことが2回あるということと、義母はどう説得しても自分が正しい考えが変わらないということ。
義母が一番大切なのは息子(元夫)だから、兄(元夫)の行動は全て受け入れないといけないのは昔からのことで仕方ないと話しました。


元夫は養育費を払うためにあやちゃんとあのマンションで同居をする予定であること

義両親は内孫の男の子さえ産んでくれたら良い嫁と言い、あやちゃんのことを無条件で受け入れることに嫌気が差していること等、話してくれました。


元々義実家で娘たちに誕生日プレゼントをくれるのはa子だけで、a子なりに娘たちを可愛がってくれていました。
悩ましい事でしたが娘たちにとって頼りにならない父親の妹が何かの助けになってくれるかもしれないと考えて今後も付き合うことにしました。


あやちゃんはすでに妊娠していて義両親は初めての育児を手伝う名目で同居を承諾させたということです。
a子とc子は当たり前のように納得せざるを得ない状況でした。





元夫は義実家に住み、養育費は決められた通りに振り込まれていました。
公的効力のある公正証書も作り、とりあえず安泰…とは少しも思えず
元々信用できない元夫が養育費を払わなくなることばかり考えていました。

実際公正証書で決めてあっても払わない人は多く(私のまわりだけ?)養育費に関してはいつも不安でした。


養育費を払わない元夫に公正証書の効力を発揮させるにはそれ相応の労力が必要で、時間が無いと簡単ではありません。
その面倒さで訴えをしなかったり、途中でやめたり。周りでそんな事を聞いたことがありました。



結婚している時は子どもに興味がなく、クリスマスプレゼントなんてあげることのなかった元夫。
離婚後急に良い父親ぶる考えが理解しづらいところでしたが
娘たちに聞くとそれぞれ欲しいおもちゃがあったので元夫に伝えました。


クリスマスに近い日、家の近くの公園で離婚後初めて元夫に会いました。

満面の笑みで『長娘!次娘!元気だったか?』の問いかけに、娘たちは「元気。」とハモりました。
時間は元夫の仕事終わりだったので19時近く、街灯はあるけど暗いし寒いし公園には誰もいません。 

子どもを想うなら明るい日中に会って好きなケーキを選ばせてくれたらいいのに
休日はデートだからそんな時間は無いのね。
プレゼントと横流しケーキで子ども想いの父親を演出中。

クリスマスケーキは、毎年会社から社員全員にホールケーキの支給があり、ケーキの支給日が子どもに会う日。こちらの予定は考えず、元夫の懐は痛まないものでした。


リクエストしたおもちゃを受け取り、
その後元夫は娘とどうコミュニケーションを取ればいいのかわからなかった様で、考えた挙句
『学校で◯◯さん(私の旧姓)て呼ばれてるの?』と笑顔で言いました。

次娘はうん、と答え
長娘は何か言いかけてそのまま黙ってうなづきました。


『じゃあ来年もまたプレゼントするからね!ケーキも持ってくるよ!それまで元気で!!』


…と一人元気に帰っていきました。

この時、元夫は一度も車から降りてきませんでした。
プレゼントもケーキも窓から出して娘たちに受け取らせ、本当に何がしたいのかわからなかったです。



そしてプレゼントもケーキもこれが最初で最後でした。


クローバー30年ほど前、離婚後の話ですクローバー


離婚後の私は根拠のない自信に満ちていて
スーパーのパートをしながら新しい職場の面接に励んでました。
時期として10月くらいだったと思いますが
高額時給の短期バイトが近くで募集されていて
面接に行った時、何年かぶりに
『では◯◯さん、いつから来ていただけますか?』と旧姓で呼ばれ〝そうそう私の名前はそういうの!〟と心がキューンとしたのを覚えています。


3カ月の短期バイトだったのでその先は正社員を探さないと、と思いながら新聞の求人広告も欠かさず見ていました。
高卒で一年ほどの事務仕事しか経験がないのに、なんでもできる感覚でいっぱいでした。

この短期バイトはご近所の高校生や、スーパーの他部署の2人もかけもちで来ていて知り合いもチラホラ。
大きな工場で、休憩の時間に何人かと話すうちにバツイチの人もたくさん短期バイトにいることがわかりました。

仕事内容は年賀状に写真を写す仕事が主で
作業は初めてのことでしたが、やったことがない事をするのが好きなので毎日楽しかったのと、バツイチでも年齢や子どもの有無などで働き方も違い
暇つぶしの様に来てる人や、時給が高いので3カ月ほとんど休まず仕事する人など色々な人に出会いました。




バイトの残りが1カ月を切った頃
主任さんに、このバイトが終わったらすぐ働ける次の仕事を探しているというと
パートだけどこのままここで働かないかと言われました。

パートか…と思いながら、仕事もバイトの写真の焼き付けではなく事務仕事で
先ずはバイトが終わったらスーパーも辞めようと決めていたのでその話を受けました。

バイトに来ているスーパーの他部署の福田さんがそれを聞いて『私ももう辞めるんだよ、魚屋。』と、どうやって残ることができたのか聞かれましたが
雑談しながらそうゆう話になっただけなのでその通り伝えると
『なーんか若いといいよねー。』とだけ言い帰っていきました。


もうひとりの他部署の大野さんから魚屋の大将がお店を持つそうで、それでスーパーから撤退することを聞きました。大野さんもスーパーは辞めるだろうと思ったけど話すこともなかったのでそこで別れました。


短期バイトはちょうど12月末で終了、年明けからだいぶ時給は下がってしまうけど、昇給有りだったので事務の仕事頑張ろうと思いました。



短期バイトの終わりはちょうど離婚して3カ月。
元夫から娘たちにクリスマスプレゼントとケーキを渡したいと連絡がありました。




パート先に離婚する事を伝えると、店長からもっと長い時間シフトに入れないかと提案されましたが
別の仕事を探そうと考えていたので当分今の条件のまま働くと答えました。
地域マネージャーからは正社員登用もできる旨を言われたけど、休日が平日になることや転勤もあり、ありがたい話でしたがお断りしました。



養育費とパート収入と児童扶養手当で本当に暮らしていけるのか。
単純計算すると、元夫からの急な徴収が無くなれば計画的に生活できて今までよりもお金の心配がなくなると思いました。
滞りなく養育費が振り込まれることが大前提ですが。



パートの同僚の中には親しくもないのに
離婚後の生活は慰謝料次第だから、今からでも慰謝料請求したほうがいいよと終わった話を何度も掘り返す人もいて
直接話してない慰謝料のことをみんな知っていること(仲のいい2人には話した。その後疎遠)
そして、青果部のおじさんは男手が必要な時はいつでも呼んでと誰もいない時に言いに来たのがこの職場に留まらなかった理由でもありました。



元夫が出て行く日曜日
娘たちと私は3人でリトルワールドに遊びに行くことにしていました。
元夫にも私たちが出掛けてるうちに引越しを終わらせ、カギは玄関のドアポストに入れておいてもらうことにしました。



日曜日の朝、元夫は娘たちに
『お父さんは長娘も次娘も大好きだからね、困った事があったら電話してね。元気でね。』と、涙を浮かべていたけど
この日まで、元夫が娘たちと遊んだりするところをほとんど見た事がなく、急にこんなことを言われて
娘たちは固まっていました。
涙は〝カッコいい俺〟の演出としか思えませんでした。



〝カッコいい俺〟と最後の夜
娘たちが寝てからちょっと話したいと言われました。

『あやが、にい那と長娘たちにごめんなさいって。』
「…」
『そう言って泣くんだ。』
「……」
「……」
「で?」
『お前!あやの気持ちを考えられないのか!』
「は?」


あやちゃんの気持ちを代弁して、受け入れられなかった元夫は私を睨みつけてきましたが
私から承諾を受けて自分が楽になりたかったのでしょう。
わざわざこれが言いたかったのかと、こんなこと言うくらいなら黙っとれんかったのかと思うだけでした。



リトルワールドに向かう道中長娘が
『お父さん、もう帰ってこないの?』
と聞いてきて「そうだよ。」と言うと
『お母さん、お父さん帰ってこなくて寂しくない?』
「長娘も次娘もいるし、お父さんいなくても寂しくないよ。お母さんが守ってあげるから大丈夫。」と答えると
可愛い顔でにっこり笑ってくれました。

『お母さんはお父さんのこと好きだと思ってたから…』
『お父さんが仕事で帰ってこない電話してくると、お母さんが寂しいと思って私もがっかりしたふりしてたの。』

こんな風に思わせていた事を知らなかったので
娘のことを全然見てなかったんだなぁと反省しました。


一日たっぷり遊び、夕飯を作るために早く帰らなくても良いわが家に帰り、玄関を開けました。




ドアポストからカギが落ちました。
うん、約束どうり。

部屋に入ると私たちの服が部屋の隅に積んでありました。
これ、押入れの衣装ケースにしまってあったやつ…。
衣装ケースは3個無くなっていました。

テーブルの上にメモがあり

〝今までありがとう!!服のケースもらっていくよ!ごめんね!じゃ!元気でね!!〟

長娘が読み上げてくれました…。


そして食事の時に目の前に置いていたスタンドミラーも無くなっていました。
あれ、絶対必要だったんだね、と3人で笑いました。





ここまでが元夫と離婚するまでのお話です。