認知症診断を受けている実母、私にとって毒母。

区分はやっと要介護1。認知度は数年前より下がっていると思うけど、区分変更もなかなかできないまま今に至ります。


お金の管理はもちろん、掃除もできなくなって4年ほど。


実家は、兄夫婦の家が徒歩5分圏内

私は約30キロ離れた隣県に住んでいる。時間に換算すると車でも公共の乗り物を使っても片道1時間半かかる距離。




私は1〜2週間毎に実家に顔を出して小遣いの補充と掃除をして帰る。


実母だと思うとイライラしかしないので

なるべく、他人に接するように感情を込めずに対応する。



母の性格を知らない人は一目見て小柄でかわいらしいお婆さんと思うらしい。


真実は図々しく、他人の悪口ばかりのいじわる婆さん。見た目だけで随分得をした人生を過ごしてきたと思います。




実家に行く時はすぐに食べられるお弁当を作って行ったり、実家で簡単なパスタを作ったり


実家から車で15分の所に住む次娘も来れる時は子どもたちも一緒にファミレスや回転寿司に食べに行ったり最低ラインの介護をしていました。




89歳ひとり暮らしの母は、買い物の仕方は昔と変わらず卵は10個入りのパックしか買わないし、牛乳は1リットル。レシートは何度言っても捨ててくる。


賞味期限を確認することはなく、表示してあるものなどすぐ捨てるのでいつの卵かわからないものが冷蔵庫で冷えている。



財布を確認するのですが、近所のレストラン系のカフェでランチをしたレシートはなぜか入れっぱなし

誰かに奢ってるの?って思う金額だったり本当に自分で食べた?って思えるハイカロリーメニュー。


向かいに住む母と同年代の高橋さんから、たまにお茶やランチに誘われるそうです。

毎回行かなくても断っていいんだよと教えても聞かず、お金を使うということに罪悪感は全く無い。


痴呆が出始めの頃はお金が無くなると自分の妹(私の叔母)に借りてまでランチをしていたこともある母。


今のところレシートの詳細はわからないまま、たまに2000円越えのランチのレシートが財布に残っています。



年金は最低額しか貰ってない状況でランチ2500円は認めたくない。

自営業だった父とその妻の母

個人年金も掛けてなくてよく平気だなぁと思うけど


母の文句を言いながら、私がお小遣いを渡していたのが間違いだったのかもしれません。





「自分の年金てひと月いくらもらってるか知ってる?」

『知ーらない!』

「忘れちゃった?お父さん死んでから年金は1人分しかもらえないの知ってる?もう25年くらい経つけどさ」

『今まで自分でちゃーんとやれてるから大丈夫』

「もう何年も私がしょっちゅう来てお金のことやってるでしょ」

『嫌なら来なきゃいいわノブ(息子・私の兄)が来てくれるから』

「ノブが何してくれた?」

『いろいろ!』

「色々ってどんな?」

『あー!うるさい!もうこんな楽しくないのは嫌だ!はやく死にたーい!!』

「簡単に死なないから言わない方がいいよ」

『お父さーん!はやく迎えに来てー!』 

『早く死にたーい!!』

こうゆうのがしばらく続いても

間が5分もあれば叫んでいたことも忘れてしまう。


そしてこの、わざと言葉を伸ばして話す喋り方。

昔からバカにしてる人のことを話す時はこの喋り方だったから、私のことをバカにしているということです。



「ねぇ、お母さんの年金ひと月いくらもらってると思う?」

『知らないよー!』

「いくらで生活できてるか聞きたいよ」

『国が面倒見てくれてるからいいだろ』

「は?年金のこと?」

『そうそう』

「それいくらもらってる?一カ月」

『そんなの20万くらいだろ』



その言葉に思わず頭を叩いてしまったガーン




痴呆もあるし、元々考えがおかしな人なんだから聞いた私が悪かった


けど、20万


こんな状態だから本気で思ってるんだ。

しかも少なめに見ての20万。



すぐにタクシーに乗ろうとしたり

値段を見ずに買い物する。

家電品にサイズがあることも知らず、見た目だけで注文する。

それが、たまたま洗濯機も冷蔵庫も精密に測ったかの様なスキマにピッタリサイズが届く…。

なのでサイズを確認することは無いのです。



買い物をしすぎても支払いに困ったことがない自営業。〝月給〟生活のサラリーマンを下に見ている母。



現在の年金は一カ月5万円


もう、これからどうしたら良いのかわかりません。


兄に今後の母のことを相談したいとLINEしたけど既読スルー。


もう、行きたくない


行きたくないけど、見捨てられない私


でもイライラが酷くて病気になりそうあせる





バツイチの知り合いの何人かで元夫の話になる時、
外食時の例で〝子どもが食べ終わるのを待てない〟
というのがあって
例に漏れず元夫は自分だけさっさと食事を終え「車で待っとる!」と言い残しお店を出て行きました。
子どもを可愛がれないのかと思っていたけど、会社の家族を含む慰安会などでは〝子煩悩パパ〟を演ずる。。。
そこで元夫を気に入っている古株の事務員さんに「あんな素敵な旦那様で奥さんも幸せよね〜」と棘のある言い方をされたりもしました。
短時間では子どもが懐いてないのわからないもんなんですね…。


それに加え元夫は〝自宅で食事する時鏡を見る〟のが普通で、スタンドミラーを食卓の自分の前に置いていました。
なぜ見るのか聞いたことなどないですが多分〝カッコイイ俺〟〝カッコよく見える食べ方〟(そんなのあるのか?)の確認⁈をしていたのかなぁ…元夫の心理なんて分かりたくもないからどうでもいいんだけど、保育園児の娘たちには〝普通はしないこと〟だということを教えました。
鏡を見出したのは公営住宅に引っ越したくらいからでした。


六畳二間に台所、和式トイレと小さなお風呂から
3DKの公営住宅はとても快適でした。
アパートからは離れたところでしたが学区は同じなので保育園の友達とは離れなくてもよかったので安心でした。


スーパーの仕事は友達もでき楽しかったですが、個性的な人もいて
青果部の主任(おじさん)は私を異様に気に入り『オレの彼女』と言い、そうゆう時、私は喜んだりも嫌がったりもしないので〝否定しない〟ということだけが大きくなり相手はそれを繰り返しました。

その態度が良く無いことは知っていますが
小さい時からあまり自分の意見を強くぶつけることができなくて、残念なことに未だにその様なはっきりしない態度で相手を混乱させることがあります…。

青果部のおじさんは元々磯貝さんのいじめの首謀者⁇でもあったため、同じボロアパートに住む私への悪口になるのでアパートのことだけは言わなくなりましたが、
一度テナントの夫婦が私に向かって「うちが貧乏だと辛いな」と言って2人で私を前に笑ったことがあり、私は「本当だね、あはは…」という場面をタイミング悪く(ある意味良く不安)おじさんに見られて
テナント夫婦はおじさんに叱られてました。

おじさんもテナント夫婦も意地悪なのは同じなのに。


スーパーとアパートと実家は近かったので
テナント夫婦は私の母もアパートに一緒に住んでると思っていたらしく
その後実家に入って行く母をたまたま見たようで「あんな大きな家に住んでるとは思わなかった。」と言っていたようですが、おじさんに隠れて私にマウントとるのがテナント夫婦の生き甲斐なんだから言わせておこうと思ってました。

本当にどうでもいいと思っていて適当にしていたけど、そんな態度も気に入らなかったのでしょう、それと実家は大きくても外からは見えない二階の壁は壊されて無いですけどね泣き笑い




仕事の都合もあり、元夫は早々に携帯電話を持っていました。平成ヒトケタの通話代は高額で、まず元夫に電話をかけることはなかったです。



元夫は会社から中距離や長距離勤務になれば給料も上がるといわれ、何にどのくらい手当がつくとかはっきり私には伝えてくれず、まずは中距離ドライバーに変わりました。

確かにお給料は上がりましたが(うろ覚え)中距離でトラックに乗っている時間が前より長く、煙草の本数も増えるから煙草代もくれ…と、とにかくお金を持って行きました。

そして、大型免許を取れば長距離でもっと稼げるといい、どちらにしても私の意見は採用されないことはわかっていたのでやりたいようにさせていましたが大型免許はなかなか取得することはできませんでした。
一回一万円ほどの受験料だったと思いますが
お金の心配をすると機嫌が悪くなるので、お金のことは言わないように、早く大型免許取れるといいなと願ってました。



続きます。

元夫は毎月手渡しの給料を全部私に預けてくれていましたが、必要経費という名目でしょっちゅう持ち出し、手取りで25万くらいなのに毎週2万円持っていかれ、私のパート代は毎月5万円くらいだったので生活はとても苦しかったです。


そうするうちに週に2万では足りないといい出し、結局収入から手元に残るお金はゼロでした。

元夫は時間があるとパチンコに入り浸り
勝った時に外食に行こうと連れ出されましたが
勝つ時より負ける方がはるかに多く、仕事で必要だからとまたお金を無心して、元夫が家にいるということが苦痛になっていました。

必要経費とは毎日コンビニで買う缶コーヒーと昼ごはん代。新人に奢ってやったとか、誰それに入ったばかりの頃お世話になったから昼は一緒に払ったとか、娘におもちゃひとつ買ったことのない元夫は他人からみたらとても良い人だったと思います。
本当は全部嘘でパチンコ代に消えていたのかな…。


ベビースモーカーで、タバコが切れると息ができないらしく買いに行くまで激しく罵倒されるので
タバコは私が働くスーパーで毎月3カートン買っていました。



アパートに引っ越した翌年、わが家は前年度の収入が(元夫はホストだったので)ほぼゼロ状態だったので、娘たちの保育料は無料でした。

その一年後、保育料が一気に5万を超える金額になり、収入に応じて保育料が決まることは知っていたけどパート代もブッ飛ぶ金額にめちゃくちゃ驚いたけど…保育園に行かせないわけにいかないので払うしかない


私は土日のどちらかは娘たちを実家に預けてパートに出るようになり、元夫とは平日の夜くらいしかまともに過ごすことはなくなっていました。

元夫が娘たちを見ていてくれることはほとんどなかったのと、
閉め切った六畳の中、タバコの煙で真っ白になった部屋の中でずっと遊ばされていたこともあり、二度と任せないと誓いました。



続きます


ガーンまとまらないお話ですガーン


私は1日4時間週4日、スーパーでレジのパートをするようになりました。

同じアパートの二軒隣の、見るからに訳あり感のある奥さん(磯貝さん)もそこで品出しのパートをしていました。


磯貝さんは従業員の中でイジメのような扱いをうけており、理由のひとつに〝ボロアパートに住んでいる〟というのがありました。
大人の集まり(スーパー勤務)なのにくだらないなと思ってましたが、磯貝さんの行動言動も人を刺激するようなことが多々あり、

それでも、住んでいる所でいじめられるなら私もかな?と思い悪口で盛り上がる従業員に休憩室で
「私も磯貝さんちの2軒隣に住んでるんです。」と言うと
アパートの事は誰も口にすることはなくなりました。

その後、そこに住んでいるのなら公営住宅に申し込んでみたら?と教えてくれる人もいて、近くの住宅に申し込みをしようとしましたが住みたい住宅の入居条件よりうちの年収が微妙に超えていて

元夫の小遣いのせいで全然余裕は無いのに申請が通るか通らないか、と言うところでした。


するともう一つ、住んでる部屋の広さと人数のバランスで困窮してる場合に申請できるものもあるよと教えてもらい
そこで申し込みをし、結果的にボロアパートのおかげで公営住宅に住むことができました。
ただ元夫はこの〝困窮〟という言葉に妙にこだわり『うちは困窮してない!』と吠えてましたが、本人以外は十分困窮していました。


古くて汚いアパートもダメ、入居できるかわからないけど困窮という言葉にプライドを傷つけられるのも嫌。面倒だったけど申し込みをしました。


住宅困窮が理由で申し込みをすると、現状を確認しに職員がアパートを視察に来ました

玄関下の外とのつながりやナメクジ、ドブネズミとの生活を力説していたけど、職員さんは申し込み時に描いたアパートの間取り図を「あなたが描いたの?」と、なぜかすごく褒められ
だから、というわけではないでしょうが
この広さならたぶん通りますねー、と言われ結果を待ちました。


アパートには一年ほど住んでいたことになります。
昔のことなので、今もある制度なのかは不明です。


磯貝さんから受けたアパートでの被害は、私が捨てたはずの服を娘さんが着ていたり
建物の構造上、玄関前の外に洗濯機を置くようになっていましたが
うちの洗濯機の蓋を開けている所を何度も見つけてしまったり…
声を掛けると「蓋開いてたから閉めようとしてた。」と言いました。


磯貝さんには中学生と二十歳くらいの娘がいて、その下にうちの子の保育園とは違っていたので遊ぶ事はなかったけど保育園に通う男の子がいました。


ご主人と磯貝さんは年齢が離れているようで、初めて会った時はおじいさんかなぁと思いましたが、男の子が『パパ』と呼んだのでお父さんなんだ!とちょっとびっくりしました。

磯貝さん宅は一階の並びで2軒、二階に一軒借りていて、三軒も借りるならこんなところに住んでなくてもいいのに…とも思いました。


そして職場の休憩室でお姉さんたちの実父ではないこと、中学の子は家出ばかりすること、二十歳の子は『パパ』のお相手をしていることを知りました。


初めはウワサ話だよな、と適当に聞いてましたが
実際にたまに帰ってくる中学生が「誰か警察呼べよ!!」と叫ぶことが何度もあり
私も二度ほど110番したことがありますが
警察はすぐ来ることはありませんでした。
元夫は面倒ごとに関わるなと110番することを嫌がり
「誰も警察呼んでくれないのか!!」と叫ぶ子の声を聞いても何もできずそのまま過ぎて行きました。


こうやって騒ぎが多いから近隣の人たちも家の中のことを知ってて、うわさに尾ひれがついていくんだということもわかりました。




長くなったので続きます。



安アパートでの暮らしは
細かいことに気づかなければ普通に暮らせました。


雨が降ると六畳二間のタタミの隙間からナメクジが出てきたり
住み出して一週間ほどすると、夜、台所に黒猫が鎮座していたこともありました。

この黒猫はおそらく前住人がノラネコを飼い慣らしていたと思われ、玄関の上がり框とたたきの段差があり、空間だと思っていたそこが外に通じるようになっていました。


〝にゃあ〜〟と甘えるネコの声
近すぎる声にびっくりして台所に行くと、私の顔を見て驚いて玄関のその隙間に逃げていきました。


その後三日に一度くらいのペースで黒猫は来て
その度に私の顔を見て逃げて行きました。



ドブネズミ、ノラネコ、ナメクジ

不衛生なわが家。




ナメクジは、タタミから出てこないようにマットを敷き詰め
黒猫は、空間と思われた玄関の隙間を塞ぎ
ドブネズミは…退治するクスリを置いて放置していました。


そして元夫

アパートが古い汚いと早速文句を言い始め、
次娘は生まれてからほとんど関わっていなかったので、知らない人を見る目で泣き
長娘は暴れていた元夫を覚えていて、よそゆきの笑顔は見せていたけど、日に日に無表情になっていきました…


職種はトラックドライバー

お酒が抜けた身体で浮腫みは取れ、
見かけは以前の〝いい男〟に戻りました。


会社の古株の事務員さんに気に入られ
他の会社の人ともうまくやれていたようで
仕事だけは休まず働くようになりました。
…大人としては至極当たり前のことですけど。



続きます。