3月といえば、別れの季節。
転勤や異動、転居などで顔なじみの人との
別離を経験される方も多いことでしょう。

私には、別れに遭遇するたびに
思い浮かぶ曲があります。



佐野元春「グッドバイからはじめよう」

ハーブが奏でる静かな音色にはじまり
全編にわたり、激することも、涙することもなく
淡々とした旋律で、別れの情景を歌い上げます。


ちょうど 波のように さよならが来ました
言葉はもう 何もいらない ただ見送るだけ



出だしのフレーズですが、別れに対して
全く気負いがありません。
寄せては返す波の如く、ごく自然に
避けられない、むしろ避けてはいけないもの。
別れに際してここまで言い切るって
とても新鮮な思いがしました。


遠く離れる者 ここに残る者
僕が決めてもかまわないなら 何も言わないけど
どうしてあなたはそんなに 手を降るのだろう
僕の手はポケットの中なのに



過剰な言葉も、大仰なアクションも必要ない。
永遠の愛も、尽きせぬ慈しみも、
いつかは枯れ果て、終焉を迎える。
どれだけ愛し合っていたとしても
一緒に棺桶に入るわけにはいきません。
仏教用語の「会者定離」(出会った者は必ず別れる)を
思い起こさせます。

ただ、ここまで突き放されると
世の儚さ、無情を感じざるを得ません。
私を含めごく普通の、弱い人間にとって
ここまで達観できないような気がします。
でも、佐野元春は最後にこう語りかけてくれます。


ちょうど波のように さよならが来ました
あなたはよく こう言っていた
終わりは はじまり
終わりは はじまり



最後のフレーズで、救われる気がします。

別れは終わりであるとともに
はじまりでもあるのだと。


私はこの曲に出会って、これまで別れに
抱いていたイメージをくつがえされました。
親しい人との別れはつらく、悲しい。
別離をテーマにした歌はそれこそ枚挙にいとまが
ありませんが、大半はその身を切られるような苦しみに
あえぎ、のたうち、絶叫するといったものでした。
当然ながら、まず「別れはイヤだ。できれば避けたい」
という思いがあるわけです。

その感情は十分に理解しつつも
別れを嘆くだけではなく、むしろ肯定的に
捉えて、そこに意味を見出そう。
そして、新たな出会いに希望をつなごう。
そんなメッセージが、この曲には
込められているように思います。
諦念というか、相手の将来まで
思いを馳せることができる
器の大きさも必要なのかもしれません。
そんなことまで考えさせられます。


別れと出会い。

考えてみれば、人間の生涯って
その繰り返しですね。
ただ、また味わうことになる別れに際して
どうにもならない感情に襲われた時には
また、この曲が思い浮かぶのでしょう。

次期駐日大使に、あのケネディ元大統領の長女

キャロライン・ケネディ氏が浮上しているそうですね。


第35代アメリカ大統領 ジョン・F・ケネディが

凶弾に倒れてから、今年でちょうど半世紀です。


没後50年を経て、今なお雑誌の特集となるJFK。
何がここまで人々を惹きつけるのでしょうか。


ハーバード大学を卒業後、陸軍に志願し
第二次世界大戦に部下を
救い出した軍功にはじまり
著書『勇気ある人々』でピューリッツァ賞を受賞。
そして挑んだ大統領選挙で
対立候補を僅少差で破り
わずか43歳でアメリカ大統領の座に就く。


就任演説のあまりに有名なフレーズ。
「たいまつは新しい世代のアメリカ国民に受け継がれた」
「あなたの国があなたのために何を為すかを問い給うな。
あなたがあなたの国のために何ができるかを問い給え」。


ジバンジーをさっそうと着こなす妻ジャクリーン。
そして、二人の愛らしい子どもたち。
ジャクリーンの意向もあり、ホワイトハウス内は
優雅でエレガントな雰囲気に一変する。


折しも国際情勢は東西冷戦まっただなか。
内政では人種差別問題を抱え
若き大統領にはさまざまな試練が訪れる。
ベルリン危機、ベトナム介入、キューバ危機…。
全面核戦争の一歩手前まで追い詰められるも
巧みに切り抜け、一方ではアポロ計画をぶち上げ
人類を月へ送るという大きな夢も語る。
もはやアメリカだけに留まらず、名実ともに
西側陣営の盟主へとなっていく。


絶頂の時を迎えた1963年11月22日。
快晴のテキサス州ダラス。午後12時30分。
世界中が驚き、怒り、悲しみにくれた終幕。


3日後の国葬。6頭の白馬が引く馬車で運ばれる
星条旗にくるまれた棺。そして永遠の炎。


ケネディの物語は、かくもドラマチックで
輝きに満ち、いや応なしに人々の心を捉えます。
私自身、ケネディには大きな関心を持ち
さまざまな関連本をはじめ
映画「JFK」「13デイズ」などを観てきました。


今から思えば、時代にも恵まれていたと
いうこともいえるかと思います。
1960年代のアメリカは、第二次世界大戦の
勝利を経て、人種差別問題をはじめ
数々の矛盾はあったものの
経済的にも豊かで、まさに黄金時代。
アメリカこそが正義であり、発展が永遠に続くと
国民が素直に信じることができた時代でした。

そんな時代の空気を背景にして登場した
スタイリッシュで、ハンサムで
弁舌に長けた若きリーダー。

陰険そうなニクソン、小狡い古狸といった
風情のフルシチョフ。
激情型でヒゲの強面カストロなど
敵役(?)にも恵まれました。
人々が熱狂し、歓喜したのも
時代の必然とも言えるでしょう。


ただ、派手な女性関係やマフィアとの
つながりも噂されていたケネディ。
マスコミの追求が、今ほど
激しくなかったのが幸いしました。
現代であれば、政策の成否よりスキャンダルで
失脚していたかもしれません。


それでも、ケネディの神話は
時代を経るに連れて
ますます輝きを放っていくように思えます。


アメリカの古き良き時代に、さっそうと現れ
わずか1000日足らずで
終焉を迎えたケネディ王朝。
若い感性と、国民に希望を与えた
その姿は、永遠に封印されました。
没後50年を迎えてなお人々は
いつまでもその幻影を追い
ノスタルジックな思いを膨らませていくのでしょう。


近年、政治に関して「期待しない」
「誰がやっても同じじゃないか」
といった醒めた意見をよく聞きます。、
政治に、政治家に夢や希望を持つ。
そんな時は、永遠に訪れないのでしょうか。

新春の柔らかい日差しが肌に心地よい4月。

大阪城公園も、すっかり淡い桜色に包まれました。


販促、集客…、こんな方法があった!

また、4月は別れと出会いの季節ですね。

今までお世話になった取引先や銀行の

担当者から、移動の知らせをいただきました。


今まで何度も顔を合わせて仕事をして

信頼関係を築いてきた人から

新しい担当者に変わり

一から関係を作っていかなければなりません。

生身の人間同士なら、なるべくフェイスツーフェイスで

徐々に距離を縮めていくのが常道ですが

広告はそういうわけにはいきません。


チラシにしても、ユーザーがひと目見た瞬間に

購買意欲を持ってもらわなければならないのです。

そうでなければ、これだけ広告が氾濫している中

あえなくゴミ箱へ直行となってしまいます。

時間をかけての関係づくりができない以上

まずは「いかに目を留めさせるか」ということに

ウエイトを置かなければなりません。


そのためには表現やレイアウトを工夫して

消費者に注意を喚起させる必要があります。


いわゆる「アイキャッチ」です。


もっと具体的にいうと「文章」「ビジュアル」ですね。

まさに、チラシにとっての二大要素です。


次回は、この「文章」と「ビジュアル」について

もう少し詳しく見てみることにしましょう。