naoのブログ

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今日は大変な一日だった。

朝の申し送りで、朝食時に急変があり、

連絡に不備があり

危うく事故になるところ----というところから始まり


申し送り終了時

心肺停止に近い状態になっている利用者様の発見。

心肺蘇生を行いながら、ご家族を呼び......

結局この方は1時間半後に亡くなってしまった。


1ヶ月半前に軽い脳梗塞で入院し

7日で4㎏も体重減で再入所された

食事介助は入所当時から難しい方で

痩せてかえってくることはわかっていたが

7日で4㎏減はさすがにショッキングだった。


看取りになるギリギリの状態から

なんとか、すこしずつ持ち直してきて

安心していたが、この2、3日は少し発熱があり

経過をみていることろだった


いつも、「あー、あー」と、叫ぶように、声を発していて

その声でも、ご家族とのコミュニケーションは

十分成立していたが

今日はいくら待っても、その声は聞かれず、

ご家族は、「お願い、声を聞かせて」と、

細い利用者様の体に寄り添って泣いていた。


最後の何か、一言でも、「声」を聞きたかったはず...


しばらくして、ドクターは

「大丈夫ですよ。

ご本人は、もう十分やってくれた、ありがとうって思ってますよ」と

ご家族に声をかけ、

その一言でご家族は少し安堵の表情になった。


このドクターは、

日頃から、この利用者様の状態をよく見ていて

声掛けもしていたので

ご家族もそういう一言を受け入れたのだと思うが、


役割の重要性を感じる。



家族の想い




介護でも看護でもなく

ドクターからの一言でご家族の気持の整理がつく---


そんな光景をグループホームの看取りの時にも見たような気がする。


この施設にきて

やっと人間味のある「死」を感じることができた。


なんと、一年ぶりの更新。


グループホームの閉鎖にはいろんなドラマがあって、

さらっと書くのは難しいので

もう少し、ちゃんと書ける気持ちになってから

自分の気持の整理もかねて書こうか......と思います。


私は退職して、ほかの法人の老健施設の

施設ケアマネをすることになった。


自分が老健のケアマネをするなんて....

GHのケアマネと、ちょくちょく話していた

「老健のケアマネとか、同じようなケアプランばっか

作るしかないはずなのに、どうなのかね、

何十名も大変だね」ってかんじで---


グループホームの閉鎖があまりにも

自分の中で納得のいかない出来事で

法人内にとどまることが

法人のやり方に同意しているようで

気持の整理ができなかったから

新たなスタートとして

ちょっと思い切った

辞めてみてわかったこともある

組織としての仕組みの仕上がり具合や力量


そして今いる施設のなんという-危機的な状況


ホールに誰も見守りがいないことが多々

人がいなくてシーツ交換もできない

(おむつ交換はやっているよね.......?)

簡単に身体拘束

入ったころには虐待の問題もあった

慢性的な人手不足とスキルの低さ

その他いろいろ

グループホームでいろいろ悩んでいた問題が

すごいキレイゴトのように感じられ

今は何段階も下のレベルに喘いでいる感じ


同じ私なのに

ここでなんでこういう介護に直面して

何もできずにいる?


経験がないから、ケアマネとしての目の前の

仕事をこなすだけで精一杯

介護の現場のひどさを目の前にしても

何も力になれない


ケアマネの仕事ってなんだろう


早く仕事に慣れて、

少しでも利用者が楽しく安全に過ごせるように

何かしなければ-----と

考え中




思い出す一つの経験。


デイサービスで勤務していた頃、

自宅が近くで、仲良しのお二人の利用者様がいました。

利用日も送迎もほぼ一緒で

家族というか姉妹のようでした


ハルさんとハルコさん。(もちろん仮名)

お二人とも独居。

そのお二人はやや口は悪いけれど

いつも隣同士に腰掛け

明るく楽しく過ごされていて

”喧嘩嘩するほど仲がいい”----がピッタリくるお二人でした。


ある日、ハルさんの息子さんが申し込んでいた特養に

空きが出て、ハルさんに入所の話が回ってきました


まだ元気だったし、ヘルパーとデイサービスで

何とか繋げていけていると思えたけど

心臓や呼吸器の疾患もあり、今後のことを考えると

ご家族も即決断されたようで、

あっという間に入所となりました。


一方のハルコさん。

息子さんもハルさんとハルコさんの交流を知っておられ

挨拶にみえていたらしいけど、

「あれは病気があるから、施設に連れていかれよった」と

まるで牢獄にでも入れられたような

悲壮感をもって話されていた。


送迎に行く度、ハルコさんは

「ばあちゃんは元気かね?」と尋ねられ

私たちは「元気にきまっているよー」と繰り返していた。


何か月か経っただろうか

いつまでもハルさんを気にかけているいハルコさんを

励まそうと、「ハルさんに会いに行こう」という企画ができた。

ハルさんも施設に慣れて落ち着いていることを確認して

一度は面会に行くことができた。

感動の面会で、お二人も抱き合い、涙し、

同行した職員も涙涙、、、

ハルコさんも少し安心したようで、その後は

「元気でやっていたね」という話を繰り返すようになった。

職員もほっとした。


3,4か月ほど、会えた思い出話を続けていたけど

「また会いたいね、連れて行ってよ」と話すハルコさん。

何回行ってもいいんじゃない?--と 

職員から話が持ち上がった。

施設側に連絡し、日取りも決めた。

ハルコさんも楽しみにしていた。


だけど、訪問の予定の3日前、施設側から連絡があり

体調を崩して急変があり、亡くなられたと。。。


本当にショックでした。

こんなことってあるの?-----

神様、意地悪すぎます


もっと早く企画して、行動していたら.......


ハルコさんにこの事実をどう伝えるのか


すぐに相談員とケアマネから

「亡くなったことは伝えないように」と話があり、

職員はハルコさんに

嘘をつき続けなければならなくなりました。


親友、姉妹、家族のような人に

祈りをささげることも

お線香をあげることもできない


なんてことだろうと思った。


「伝えるべきではないの?、ケアマネは何といっているの?」と

相談員に尋ねると

独居だから、落ち込んで一人で過ごす時間を

見守ることができない。

鬱になったり、引きこもりになることもある人だから

伝えるリスクの方が大きい

責任をとれない


とのこと。


知る権利......って ことはないのかな......


人生の最後までの「友達」だったはずなのに


今でもそれは私の中に

未解決の問題として残っている。


人の死.....のとらえ方

受け止めかた


死生観


介護だけの問題ではないけど

とても大事なことだと思う。