朱夏

五行説だったか、季節と色を人生に例えて、30~40代を「朱夏(しゅか)」
といったのを何かで知った。
因みに、10~20代「青春」、50~60代「白秋」、70代以降が「玄冬」。
「玄」は、「黒」を表す。
季節の変わり目には、何となくそんなことが頭をよぎったりする。
多分、「朱夏」の頃には、考えなかったのだろうな。
サイロの木蔦は、青々とその面を覆い尽くして紅葉の時を待っている。
去年床屋をした上半分の葉の色が淡いのは、栄養が十分行き渡らない
ためか。
後ろに控えるハルニレは、そろそろ黄葉が始まるだろう。

黄葉と言えば、シラカバや根に水分の行き渡らないカツラの葉が落ち始めている
ことを書いたばかりだ。
芝刈りをしても、芝刈り機のバックの中にたくさん落ち葉が入ってくるようになった。

カラマツで半分囲まれているこの庭だが、こちらは黄葉して葉を落とすようになるには
まだ早く、その前にラクヨウキノコのシーズンが待っている。
8月中に出ることもあるが、今年はまだ。

数年前に近くの川辺から掘ってきたイタヤカエデも黄葉の代表格。
今年は、その根元から一本オオハンゴンソウが芽を出した。
オオハンゴンソウは、道端、線路脇などに群落を作って一面黄色くするほどの
強い植物だが、こうやって一輪咲かれると、ハッとするほど可憐だ。
きっと、蝉の子のように土の中で芽出し花付けるのを待っていたに違いない。

黄色くなった芝も、少しずつ回復してきているが、この一本カラマツの下だけは、
雑草の生えるのが少なく、「芝生」の体裁を保っている。
何か、「樟気」のようなものが漂っているのだろうか?

カラマツ林の中は、ひんやりとして涼しい。
涼しいが、黙っているとあちこちを蚊に刺されるので、動いていなければならない。

林の外れでは、ハタダオキキョウが満開になっている。
半日陰のこの場所が合っているようで、少しずつ勢力を広げている。

シイタケの種を植えたほだ木も、年数を重ねてその用を足さなくなってきた。
ストーブにくべるのも、ちょっと気が退けるので林の肥やしになってもらおう。

林の縁で、何となく見捨てられた感じのグースベリー。
西欧ではグース(ガチョウ)料理のソースに使われることからそんな名が付いた
らしいが、まだ味わったことがない。

降ったり、晴れたり、雷が鳴ったりと、いそがしいお天気の中、
夏らしい雲がかかった。
「青雲」には、何となく明治時代の立身出世と、お線香の匂いがするが、
この雲は、「白秋」の始まりを告げに来たように思った。