一回全く関係ない記事挟んで、3回目です〜
自己満で書いてるので、フォロワー増えなくても気にしません 😅
でも読んでくださったかた、ありがとうございます❤️
さて、長女として生まれた私。
物心ついたころには、年子の妹がいて、親に甘えた記憶がない。
抱きしめられた記憶、しつけられた記憶、は全部おばあちゃんのもの。
母に対しては、物心ついた時には、怖さしかなかった。
母の言うことはきかないとだめ。
きかなかったらキレて恐ろしい。
そのことがまず幼かった私の頭にはあって、誰かのお家にお呼ばれしても、母がいいと言うまで出されたケーキも食べられない。
母の顔色を伺う毎日。
父は優しかったので、帰ってくると嬉しかったけど、昭和の企業戦士なので、帰りは遅かった。
今思えば、若い身で年子の子どもを育てるのは大変だっただろうと思うけれど、頼れるところがなかったわけでなく、むしろたくさん実家に助けてもらいながらだったし、そんな大変だったとは思えない。
けど、それまで自分中心で世界が回っていた人にとっては、初めて人=こどもに振り回される生活、イライラしたんでしょうね。
そして子どもをも思い通りにしたい欲求に従い、教育ママぶりを発揮していくことになります。
私は生来、活発でたくさん動いて遊びたいタイプ。
でも、そんな家庭環境から、私はおとなしく人の顔色を伺い、『いい子』と言われることで自分を保つ、そんな子どもになっていきました。
さらに悪かったことに、私は父に似ていて、奥二重。
二重でモテた母とは顔が似ていないこと、妹は母に似ていたことを事あるごとに母に言われ、
みんとちゃんはパパに似て一重でかわいそう。
→あ、私、可哀想なんだ。一重ってダメなんだ。
妹ちゃんはママににて二重でよかったねー!
→いいな、妹はママに似て美人で、羨ましいな。
と、幼心に染み付いていき、結果自分はブスなんだ、と認識するようになりました。
続く。次は教育ママ編かな〜