あの日のことは特によく覚えていた。
私が19歳の時。
自動二輪免許取って250ccのバイクに嬉しそうに乗ってた頃です。
一人暮らしに憧れていた中、亀岡の湯の花温泉にある料理旅館に住み込みの募集があるのを見つけてね。
面接に行った日、亀岡では雪。
慣れない雪道をのろのろ運転で、手も足先も凍りながらの道。
今から振り返ったら、雪の日に二輪に乗るな!といいたいところだけど、若かったので、まあいいや。
面接では、フロントの仕事であることを説明され、部屋はあの棟が女子、あっちが男子と分かれていることなど説明され、
若い子が同じ敷地で生活すると、いらないことになって辞めてしまうこともあるけど、あなた、まじめそうだから。
即採用が決まり、ワクワクしてた時期だったのです。
応募条件は20歳から。
私は3月末で二十歳になると伝えたので、4月1日からの採用。
その間のある日、帰宅したら、母が急いで玄関で靴を履いていて。
どうしたん?って聞いたら、
大変や、お父さんが死にかけはってん!との言葉。
私も急いで同行したのでした。
頭の中で、父が働けなくなったら、私は家を出てる場合ではないのではとぐるぐる考えて、採用されたけどお断りの電話を入れたので、昭和63年の雪の季節2月ごろ~4月1日の間だと記憶に残ってます。
これが、のちに役立つの。
何にでも意味がありますね。
雪の日にわざわざ面接してもらったのち断った旅館。
そんな記憶が助けてくれました。
