なんぽろキャンプの感想文を書いてくれました。 | なんぽろキャンプ2019ブログ

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今年で7回目を迎えるなんぽろキャンプ。キャンプの準備の情報、キャンプに関わる日々の出来事を綴っていきます。

なんぽろキャンプ4回目から6回目まえ参加してくれた神野彪くんが3回のキャンプを通して感じたことを

作文にしてくれました。大作ですが全文掲載させていただきます。

                 3回のキャンプを通して  

                                 神野彪

今年の夏休みも、南幌キャンプに参加した。南幌町は北海道にある。今年で3度目だ。みりょくは何といっても、はじめての友達とのふれ合いと、北海道の広い大地を感じることだ。夏が近づくと、引っ込み思案の自分から脱却できそうで、キャンプが待ちきれなくなる。今回も、木を切ったりまきを作ったり、カヌーに乗ったりする自然体験がとても楽しみだった。

 出発の時は毎度のことながら淋しさが広がる。1週間も家をはなれるからだ。両親はたくさんの体験をして学んでくることを期待している。ぼくもその期待にこたえようと、バスの中から大きく手をふった。

 仙台港から苫小牧港までは、フェリーで十五時間かかる。初めての時は不安でいっぱいだった。でも今回は、みんなと仲良しになれる自信があるので胸がはずむ思いだ。

 朝になって船の窓の外を見ると、海しか見えない。朝日が反射してかがやいている。デッキにでると風がさわやかで、海のにおいに満ちている。最高だ。

 お世話になる南幌町は見わたす限り田んぼや小麦畑が広がっている。その中に直線に続く道。一年ぶりでとてもなつかしい感じがする。レイクハウスの中に入ると、恒例の自己紹介をし合った。

「6年生の神野彪です。よろしくお願いします。」

われながら、いい声が出たと思った。

 午後は自由時間だ。すぐ目の前には三重湖がある。小さな湖だが、夕日がうつるととてもきれいだ。ブランコや鬼ごっこなどをして楽しんだ。ここでは違う年れいの子とまざりながら過ごす。前回は会話するまでに時間がかかったが、今回は思いきって話しかけることができた。心が広がった気分だった。

 空気に味はないけれど、今回も空気のおいしさを感じた。空気が体の中にしみ込んでくるみたいだ。いい気分のまま野菜たっぷりのヘルシー夜ごはんと南幌温泉に突入する。幸せだなあと感じる。福島を出発する時の淋しい気分はすっかり忘れてしまった。特に感動するのは夜空の美しさだ。福島でも星は見えるけれど、ここの星空はどこまでも続いていて、空の広さが実感できる。しばらく見とれていた。

 イベントで一番楽しかったのは、湖でやったカヌーだ。2年前はオールの使い方に慣れず、空回りばかりしていた。バランスもとれないのでしょっ中横転しそうになった。去年は安定して進めるようになり、周りの景色を楽しみながらこげるようになった。そして今回は、オールで水をとらえるこつがわかり、スピード感を味わうことができた。顔にうける風がとても気持ちよかった。

 そして北海道ならではのものが食べられるのも、とても楽しみだ。ジンギスカンに入っている羊の肉は独特の風味だが、やわらかくて、たれがよくからまっていて、いくらでも食べられる。ブルーベリー狩りにも行った。畑に入ると一面ブルーベリーだらけで、進んでも進んでも目の前にブルーベリーがある。取り立てはすっぱいものと甘いものとがまざっていて、そのバランスがとてもいい。みずみずしさが最高だ。前回は取れたてのブルーベリーでピザを作った。トラックで運んでくれたかまで、焼いた。フルーツのピザは初めてだったが。こんなにおいしいのかと感動した。

 今年は玉ねぎ畑に行って収穫をした。バーベキューで食べた玉ねぎは甘くて香りもよくて、味もこくて、ぜひ家族に食べさせてあげたいと思い、福島に送ってもらうことにした。家ではオニオンリングフライにして食べた。大好評だった。

 最後の最後にハプニングがあった。台風十三号が向かってきているため、一日早く帰路につかなければならなくなった。お寺での体験後、カレーをふるまっていただく予定がキャンセルになってしまった。準備してくれていた誓松寺の婦人会のみなさんが残念そうに送ってくれた。ぼくも残念だった。また来ることを約束してバスに乗った。

 三回の南幌キャンプを通して得たことはたくさんある。テレビもゲームもエアコンも使わない生活の中で自然とふれ合いながら、みんなで活動することが、とても楽しく充実していた。この充実した気落ちを忘れずに、どんな取り組み方をすればいいのか考えるようにしたいと思う。また、南幌キャンプを企画、準備、協力してくれた地元の方々にはとても感謝している。何をやっても、何を食べても感動の連続だった。南幌町の良さとその良さを存分に生かして暮らしているのが分かった。ぼくの住む福島も、広大な大地とはいかないが、良さを見つけてみようと思うきっかけになった。