例年より暇でも7月は7月、出稼ぎの依頼が入りワシントンDCへ赴くと、国会議事堂からリンカーン記念堂までの間3キロ続いている公園、ナショナル・モールの博物館群前一画で建国250周年の催しが開かれていた。公園沿いにフェンスが立てられ、 「State Fair」と名付けられたフェスティバルは3週間行われるそう。入場料はタダなのでちょっと覗いてみよう と厳重なセキュリティチェックを通って中に入ると人は数えるほどしかいない。観覧車は動いておらずロデオのショーもやってなかった。フードベンダーだけは何軒も出店していて、大してうまそうではない食べ物を不当な値段で売っていた。水6ドルってなんだよ、ディズニーランドのつもりか?
その上空を戦闘機5機が何事か?ってくらい物凄い轟音で行ったり来たり飛んでいる。これってひょっとして軍事力の誇示?こんなもん見て「やっぱアメリカはスゲー」と思う人がいるのか?
アイツのアホっぷりには開いた口が塞がらない。昨年は自分の誕生日にワシントンDCの街中で戦車を走らせ、今年はUFC異種格闘技のファイトをホワイトハウス裏庭で開催。戦争ごっこして喜んでいる幼稚なクソガキと大して変わらない。というか実際戦争を起こしてしまうのだからよっぽどタチが悪い。
2024年11月、アイツが当選したニュースは日本で聞いた。夜中のフライトでタイへ飛ぶ直前だった。身震いして頭を抱えた後、いや、どうせこのアホはいずれヘマをする、反面教師になってくれればいい と氣をなだめた記憶があるが、予測をはるかに上回ってくれた。政治家になど微塵も期待はしないが、せめてまともな人間のふりをしてほしい。
突如猛暑に襲われる。連日35℃以上の熱波が続き、家でエアコンを使わない身にはかなりしんどい。寝ていても暑くて何度も起き、その上蚊に刺されて痒くて頭がおかしくなりそうになる。そんな時、カンフーの師匠の言葉を思い出す。「一番暑い日と寒い日に練習すればそれ以外の日は過ごしやすくなる」ワシントン、フィラデルフィア、ワシントンと出稼ぎが続き、明日はナイアガラ。「また駅ライブやるか」ナオに提言する。ここで立ち上がって活動しないと「なぁんだ、やるやる言っても口だけじゃん」と宇宙にソッポ向かれて運命が遠のくような氣がした。オレたちは本氣だぜ、よく見てろよ!
日中はちょっと動くだけでも汗が吹き出してくるので陽が沈む頃に行こう と夕方準備をしていると凄まじい雷。マジかよ。これは絶対試されている。景気づけに先月収穫したOGクッシュのデカいバッズでジョイントを巻き、バコバコ吸った後一旦雨がおさまった隙に10分弱の道のりを大急ぎで地下鉄駅へ向かう。駅がある大通りがやっと見えてきた頃再び雨が降りだす。機材は濡れずに済んだが全身から汗が滲み出てくる。
ホームにたどり着くとちょうど電車が来たので飛び乗り、スピーカーのスイッチをオンにする。車内はガラガラ。「もうここで始めちゃおうぜ」マンハッタンへ向かうF電車の中で『War』を流し、ナオが音量を調整しながら歌いだす。
ニューヨークで日本人は一般的に好印象を持たれている。特に昨今ではワールドカップで試合後にそうじする礼儀正しい国民 という印象が強い。それはそれでいい。だが、誰もが従順なわけではない。「なんだ、このミドルエイジのアジア人は?」と唖然とされることが多い。それも「世の中にはいろんな人がいる」という表現のひとつだと思っている。見て見ぬふりをする輩ばかりだったが、唯一ボブ・マーリー叔父のTシャツを着た男性がナオに向かってちょこんと頭を下げてきた。Ya Mon!1人にでもメッセージが伝わればいいんだ。
「今日はマンハッタンまで行こうぜ」ジャクソンハイツで電車を乗り換え、先週演奏したCourt Square駅の次、53丁目レキシントン駅まで足を伸ばす。長いエスカレーターを上り、Eラインと6番線を結ぶ通路に出ると横幅にゆとりがある。オジサンが床に店を広げてクルクル回って電気が光る車のオモチャを売っている場所の先にちょうどいいスペース、後ろの壁が赤青に塗られている。おっ、独立記念日っぽいじゃん。ホール・フーズの買い物カートから機材を取り出し、マイクスタンドを組み立てササっと始める。
「『やってみないとわからない』口癖のように言ってた、『ここではなんでもできる、許可があろうとなかろうと…』」ナオが『セラヴィとは言わせない』の歌詞を口にする。次はこの曲を英語翻訳しよう。歌声に耳を傾けながら動画撮影。
「大統領の悪口並べるのはやめにしてまた旅に出たい、空のスーツケースで…」シティポップを意識した、『自由人』の次に作ったシングル第2弾。ジャンル付けするとしたら歌謡曲だがこっちでの生活から生まれた感情を表現しようと思った。この頃から自分たちの音楽を「ニューヨークシティポップ」と呼ぶようになる。
そして再び『Push the Wall』と『War』祝日前のフライデーナイトで浮かれムードの人が多い、ちょっとバイブスが合わないかなとも思ったが構わず続ける。すると浅黒い小男が近寄ってきて自分のことを指差して「メキシン、メキシン」と繰り返す。なんだオマエ、ミキシングは済んでるから別にいいよ と手を振ると、財布から1ドル札、そしてちょっとためらった後もう1枚出してきてナオのハンドバッグに置いた。なんだよ、カネ欲しさにプレーしてるわけじゃないぞ とあまり相手にしないでいると、自分はメキシコ人でミュージシャンだ、君たちのように路上で演奏しているのだ と訴えかけてきた。「本当かい、ちょうど今朝孫が公園でメキシカンのおばさんに水風船をもらった。メキシコの人たちはいい人だ」そう言うと手を合わせて大喜びする。「ワールドカップはメキシコが優勝するといい」小男は満面笑みで手を振りながら去っていった。「オレたちなんだか世界平和に貢献してね?」ナオと目を合わせる。そのシーンを見ていたアフリカ系男性とその息子らしき少年に「な、音楽は人をつなぐだろ」そう叫ぶと「Yes!」同意してくれた。
土曜日早朝、42丁目バス停でナイアガラへ行く客のチェックインをしていると、「Surprise!」ここ数年毎年単身でツアーに参加している常連のラテン系男性が突然女装で現れる。「ビックリした?今日は別の自分で滝を見に行こうと思って」つい数週間前、全身青のニックスグッズを着込んでナイアガラへ行ったばかりなのに。ちょっと変わった人だとは思っていたが女装が趣味だとは知らなかった。「あっ、いいんじゃない、独立記念日だし」「そうでしょ、大統領に当てつけのつもりで」花柄のドレスにボブのカツラ、ハート型の白いグラサン姿だが話し方はこの間と同じだった。席に案内し、乗客が全員揃うと出発する。
ホントいろんな人がいるよな。ビックリしたと言えばビックリしたが、表向き平静を保てたことにちょっと誇りを感じる。ツアー参加者リストに目を通すと「Victor Gonzalez」と登録してあった。ヴィクターか、じゃあ今日はヴィクトリアと呼ぼうか と思った瞬間アッとなる。ヴィクトリアは最愛の娘の名前。こんな形で自分の存在を天からアピールしたのか。いつも想っているのに、忘れることなんて1日たりともないのに。バスの窓から空を見上げて苦笑いする。「わかってるよヴィ、もっと早くなんかしろって言うんだろ。これでも精一杯やってるんだ、そっちからも操れることがあったらしてくれ」ヴィはうちの神様。この子がいつも見てくれているから退屈させられない。「これからもっとおもしろくなるぞ、ちゃんと見守っていてくれ」闘いは続く。