数週間ぶりにワシントンDCへ行き、現状を目の当たりにする。「What the fuck」なんてこった。街はそこら中道路封鎖、黒い金網のような衝立で仕切られている。週末カーレースが行われるのだと。街中で。ご丁寧に連邦地をサーキットにして、どの車が一番速いか競って建国250周年を祝うとのこと。


「ファック」という言葉は便利だ。この場合「マジかよ?!」かな。ただそのニュアンスが「バカじゃねーの」か「スゲー」かは人によって違ってくる。


かれこれ10年近くDCに来ているが、2020、21年のパンデミックを除くとここまで観光客が少ない夏は記憶にない。大がかりな建設工事で街の美観を損ね、投票権のない外国からの訪問者を邪険にし、ひと握りの追従者、崇拝者に「特別な」催しを開き、「勝ち組に入りたかったら傘下に下れ」と国民を威圧する行為だ という見方。


それに対し、「首都のど真ん中でINDYレースなんて史上初じゃん。ビジネスマンはやることが違う。それに国のために働いている軍人や警察官、『本当のアメリカ人』を一番に考えている。あっぱれなことだ」という意見。もしくは、「結局は権力とカネがすべて」とわかったように納得するか屈するか。心中がどうであれ、すべて「ファック」が該当する。


この国の政治はエンタメ、それもコマーシャルたっぷりの低俗番組。その主人公のモットーは「良くも悪くも、常に人の話題になれ」くだらないイベントや発言で国民の注意を惹き、ああだこうだ言い争わせ、その間に私腹を肥やし強欲を貪る。もうほとんどマンガの世界。無視するのが一番。だがそうもいかない。暴政のトバッチリは庶民にふりかかってくる。 


本日のツアーのパートナーは新人。イタリア語が話せるというだけで雇われたのだろう、頭が悪いわけではなさそうだが機転が利かない。「自分は本来サービス業などするべき人間ではない」的な態度が垣間見える。「国会議事堂が全然見えないじゃないか」「このクソ暑いのにこんなに歩かせやがって」「あっちの日本人ガイドの方がよっぽどベターだ」と1日中さんざん客に叩かれ、渋滞に巻き込まれやっとのことでニューヨークに辿り着くと、「何がチップだ!」と誰もびた一文置いていかずにバスを降りてゆく。あーあ。簡単なようでそんな楽じゃないんだよ、この稼業は。


ツアー客はイタリア人がほとんどだった。英語日本語客数人がくれたチップの分け前を運転手に渡すと、その金額を見て「こんなクソみたいなヤツをオレのバスに連れてくるな!」なんと運転手は新人に札を投げつけた。「16時間運転したんだぞ!」おいおい、そこまでしなくてもいいだろう。新人は唖然として無言でバスを去ってゆく。同僚をかばうにも本人がいない。「カネは拾って取っておきな」運転手を一瞥して42丁目に降り立つ。夜9時半を回っていた。 


次の日は1週間ぶりの休み。やっとマアズと遊べる。3歳になって学校へ行きだしてから口数が増え、生意氣だがどんどん立派になってゆく姿に目を細める。「パーク行くか?」「パーク行く!」待ってましたとばかりにパンツ一丁で外に飛び出そうとする孫にTシャツと短パンを穿かせ、数ブロック離れた近所の公園へ赴く。勝手知ったるマントン・パーク、マアズはすっ飛んでジャングルジムの方へ向かう。


サーキットと化したワシントンDC市街をさんざん遠回りするハメになって足が棒。念入りにストレッチをする。マアズが走り回るのを横目にカンフーの準備運動、そして鉄棒に掴まって筋トレ。小一時間目一杯身体を動かす。


マアズがパーっと駆け出して公衆便所へ向かう。おっ、学校へ行き出してからオムツが取れたらしいがひょっとして自分で小便するのか?中を覗くとマアズはしっかり1人でオシッコしている。「偉いぞマアズ!」初めて見る光景に喜んでいると、「早くしろ!」男が後ろで怒鳴り声を上げる。なんだオメエ。小便を済ませたマアズの短パンをずり上げ、通りすがり男のツラを睨めつけて便所を出ていく。何か背中でブツブツ言ってるのが聞こえたが、振り向きもせずに中指を突き立ててその場を去る。


スッキリしたマアズ、今度は低い滑り台のある遊び場に走ってゆく。10メートルほど離れた場所で見守っていると、しばらくして先ほどの便所男が、「さっきは良くもオレをディスしたな!」スゴイ剣幕でこっちへ向かってくる。最初は相手にしなかったがしつこく因縁をつけてくるので「孫の前でそんな口の聞き方をするな」手のひらを男の顔に向ける。すると「オレに黙れと言うのか?ふざけやがって!」人の手を払いのけ「ブッ飛ばしてやる!」男は一層声を荒げる。


「ファック」この場合「ちっ」か。相手を見定める。背は高いが隙だらけ、武道家ではない。ポケットは膨らんでいない、武器も持っていないと見た。小さな子供を連れている人間に突っかかってくるのはよっぽど自尊心のない証拠、東洋人を脅して鬱憤を晴らそうとしているだけ。数秒で腹を決める。「そうか、やってみろ」身体を横に向け、戦闘態勢に入る。


急に流れが変わり相手が怯む。「どうした?」一歩にじり寄り攻撃範囲に足を踏み入れる。「かかって来いよ」後退りする男にまた一歩近づくと、「やめろ!」ツレだか誰だか知らないが見知らぬ男が相手を追いやるように急いで公園の外に連れ出す。


その姿を戦闘態勢を維持しながら見届ける。小便男と金網越しに目が合い、両腕を横に広げて無言で威嚇すると視線を逸らして行ってしまった。マアズは何食わぬ顔して遊んでいる。周りにいた他の子供の親たちはこっちを見ないように知らんぷり。そのままもう小一時間公園で運動を続ける。


日曜日はまたしてもDC。ただ、レースのおかげでどうにもこうにも国会議事堂には近づけないので、マルコから特別に客をジョージ・ワシントン私邸へ連れて行ってくれと指令を受ける。別にいいけど、行ったことないし。ホワイトハウス、リンカーン記念館等、サーキットになっているエリア外の名所を廻った後、首都から30分ほどの距離にあるヴァージニア州マウント・ヴァーノンへ赴く。


なんだ、この広大な敷地は?初代大統領は大農園の経営者でもあった。ずいぶん立派なビジターセンターを通って元タバコ農園に足を踏み入れるとそこは植民地時代の南部風景。土手道を数分歩くと左手奥に壮大なコロニアル様式の豪邸が見えてきた。家に近寄るとところどころにスタッフが立っていて屋敷を案内してくれる。


「ワシントン氏は大統領、総司令官より、農場主であることに一番の喜びを感じていました」その当時大統領の任期に制限はなかったが、2期務めた後「マウント・ヴァーノンに帰りたい」と政界を退き、その2年後の1799年に亡くなった。何もない沼地に街興しをし、1800年に政府がフィラデルフィアからワシントンDCに移動した頃にはすでにこの世を去っている。「謙虚な彼は政府が首都を自分にちなんで名づけたことに恥じらいを感じていることでしょう」


邸宅は約1900平方メートル、21室を擁し、家の裏に出ると目の前にポトマック川が静かに佇んでいる。午前中の日差しを浴びてキラキラと輝いていた。「隠居後、この家に住んでいた実家族は5人。12人の白人使用人を召し抱え、317人の黒人奴隷が農業、雑用に従事していました…」


この場合のファックは「ふざけんな」か。この国で最も偉大と尊敬される人物が人を人とみなさず、たった5人のために300人以上が好きに使われていたってことか?そんな「建国の父」たちが築いた土台が今でも尾を引いているわけだ。


数年前スティーブン・スピルバーグが『ウェストサイド・ストーリー』をリメイクした時「なぜ今さら?」そう思った。社会的政治的経済的プレッシャーが人々を分断して人種間のいざこざを引き起こしている、今も昔も同じだ と言いたかったのだろう。ついこの間、人氣ブロードウェイショー『ハミルトン』劇作家リン・マニュエル・ミランダ氏が1970年代のニューヨークストリートギャング映画『ウォーリアーズ』を劇化すると発表した。感じるところは同じなのではないか。


母屋から数分離れた場所に馬小屋、その先に使用人の住居、そのもっと奥に奴隷小屋がいくつも立ち並んでいる。「ファック」畜生。身体的、精神的、経済的にもっと強くならなければ。そう痛切に感じた。