「30年以上クィーンズに住んでるが日本で生まれた。ということはオレたちは移民だ」
ハドソン・ヤードのコーヒーショップ。毎週水曜日閉店後にオープンマイクがあると聞いて来てみたが予想と様相が違う。ローカルアーティストの作品か所狭しと壁に飾られた絵画と共に店内にはアニメキャラのディスプレイがされている。集まっている顔ぶれもオタク風、ざっと20人くらいか。それに今日はどうやらスタンドアップコメディの日らしい。弱ったな、漫才なんてやったことがない。まあとにかく言いたいことを言わせてもらおう。
「この中に移民局のスパイはいるか?」会場をひと通り見渡す。「いるとしたらオマエらみんなクソ喰らえ!」ところどころで拍手がおきる。
「ancestry.comって知ってるか?自分の家系を調べることができるサイトだ。やってみたらオレの曾曾曾曾曾曾曾曾曾曾曾曾祖父さんはオカイドーという村の酋長だったんだ、今のアルバカーキがあるあたりだ」日焼けするとたまに『アメリカ原住民ですか?』と聞かれたりするので思いつきで適当なことを言う。「オレの祖先の方が先にいたんだぞ、イリーガルはどっちだ!」歓声が上がり、笑いも聞こえてくる。「この曲は冗談で作ったわけではない。日本語の歌だから英語で同時通訳する、耳かっぽじって聞きやがれ!」ナオが『Push the Wall』をかける。
「ありえない出来事、一度ならまだしも…」ナオの歌声に合わせ英語でラップのように演説する。「欺かれ何度も、引き裂かれ赤青」この3日間ずっと頭の中で唱えていた甲斐があって言葉はスムーズに出てきた。
聴衆に目を向け訴えかける。土地を銃で奪い人をカネで支配する、そんなヤツらに屈するな!「Push the Wall, push the wall, push the wall あきらめないで、先が見えなくても…」ナオのボーカルについ聞き入ってしまわないように声を張り上げる。
「何を根拠に裁く?世界の行く真逆。罪なき花をなぜ摘む?いつまでウソを隠す?」麻取法改正にはマジでぶったまげた。『未知に無知』にもほどがある。今に見てろ、時代遅れと笑われるから。
「Push the wall, push the wall, push the wall 壁はいずれ崩れる!」手の甲を表に人差し指と中指を突き立てVサイン。「善は悪に勝つ、Spread life, not war!」
わぁーっと店内が活氣を帯び熱くなる。「コイツら何者?」あっけに取られている人も多い。「笑うトピックではないけど楽しかった、ありがとう!」イベントホスト兼MCのちょっとヒッピー風樵オジサンに礼を言われる。場違い感はあったが少しは元氣をふりまけたかな。長居は無用、手を降って店を去る。
もう20年以上前の話か、ニューヨーク市がオリンピックの開催権を勝ち取ろうとしていて、オリンピック協会に「もし我々が選ばれたらウェストサイドに新しいドームのスタジアムを造る」と約束したがその話はボツになり、土地は私営の開発者に売却されハドソン•ヤードとして発展した。地下鉄7番線がここまで延長され、数年前完成した駅は未来風。帰路興奮冷めやまず、長いエスカレーターを下る途中スピーカーとヘッドセットの電源を入れてナオが歌い出す。「続く無為な争い、通貨を武器に支配。いくらあっても足りない、異人のせいと思わせたい…」見て見ぬフリをして通り過ぎて行く人たちを横目に動画撮影。
そのまま歌い続けて電車に乗り込みもう一曲、『War』を流す。「人の価値に優劣をつけ、上流、中流、下層階級と区別するその考え方が排除されるまで争いは続く…」1963年、エチオピア最後の皇帝ハイル・セラッシー1世が国連で行った演説に基づいてボブ・マーリーが作った曲。30年以上前にこの歌を耳にして心を打たれ、その言葉は人格に深く刻まれた。人種差別だけでなく経済的抑圧にも視点を当てすべての人にあてはまるように歌詞を少し変えてレコーディングした。「おっ、ニューヨークのエイジアンウーマンが『War』をジャジーに歌っている、なかなかイイじゃないか!」ボブは天から見て喜んでいるとかたくなに信じている。
ニューヨークの地下鉄でパフォーマンスは日常茶飯事。夜8時過ぎ、ラッシュアワーと夜遊び帰りの人々で混む時間の狭間、始発駅でガラガラなのをいいことに3人席を陣取ってナオは歌い続ける。「人を人と思わずカネで束縛する卑劣な社会体制を打ち崩すまで争いは絶えない…」そうだろ みんな、奪うのではなく愛を与え合えたらもっとステキな世の中になると思わないか?悪い人なんていないんだ、騙されているか、もしくは未開なだけなんだ!
ほとんどの人はこっちを見ないようにスマホを凝視していたが車両の奥でかすかに拍手が聞こえた。一人にでもメッセージが届けばそれでいい。真実を訴え続ければ壁はいずれ崩れる。ルーズベルト駅でEラインに乗り換え、クィーンズ裁判所の裏にあるジャマイカの家に帰る。