「スピーカーがつかない」冗談だろ。でもナオは真顔だ。「昨日フルに充電したのに」反政府抗議デモのために新しく仕入れたローランドのキューブ ストリートミニ、デビューの日になんという不覚。Bluetoothでバッキングトラックを飛ばし、ワイヤレスマイクが使えるのもしっかり確認した。だが出かける間際になってうんともすんとも言わない。しばらく固まる。


マジかよ。虚を突かれてフォーカスできない。先程野菜スープに振りかけたカナビスが効いてきて頭が真っ白になる。出動寸前になんてこった。テクノロジーは裏切る。それも一番肝心な時に。


ナオが「もしかして…」もう使えないと袖にした、オモチャに毛が生えた拡声器を引っ張り出してくる。「あっ、ついた!ヘッドセットマイクもつながる!」電池がすぐ切れたり音質も物足りないが他にオプションは思いつかない。うわっ、バッテリーが一目盛り、充電しなきゃ!あたふたしている時にマアズが起きてきて、ジュースが飲みたいだのチーズをよこせだのとわめく。このタイミングなんだよ、ほとんどマンガだぜ。かなり出遅れる。


デモはヒルズから家のすぐそば、クィーンズ裁判所の前まで行進してくる。最終地点で合流しよう。高速道路の歩道橋でジョイントに火をつけて仕切り直し。ナオが『War』をかけ、歩きながらマイクで歌い出す。


大通りはデモのために封鎖されていた。ニューヨーク市警の警官が何十人もたむろしている。スピーカーを全開にして横を通り過ぎるとけっこうノリが良く、ナオが「善は悪に勝つ!」と叫ぶと「おぉぉー」と声援を送ってくれた。


裁判所の前に着くと集会は終わりかけている。ユダヤ教のラビが「神は全ての人の中にいる」と訴えていた。その後地域のイスラム教指導者らしき人が話し、主催者の女性が挨拶してデモの幕を閉じた。せっかく来たので関係者に自己紹介し、自発的に『War』を歌うがポカンとされた。


地元の集会には遅れたが午後にマンハッタンで大きなデモがある。地下鉄に乗ってセントラル・パークへ向かう。7番街に着くとすごい人混み、数ブロックに渡り行進はまだかと老若男女が待ち構えていた。「並びたかねー、一服しようぜ」人の海をかき分けて公園の中の方へ進む。ジョイントに火をつけ、3月も終わりだというのに肌寒い空にブハッと煙を吐き出す。やっぱり徒党を組むのは向いていないのか、今日は初っ端からどうも波長が合わない。


市民が集まっている場所に戻り、祈る思いでスピーカーのスイッチを入れる。電源がついたのはいいがハウリングがひどい。『Push the Wall』を流すとまるでそれが合図だったように行進が始まり、人の群れが「この国に王様はいらない!」と叫びながらこっちに向かってくる。


「ありえない出来事、一度ならまだしも、騙され何度も、引き裂かれ赤青…」普通あんなアホを2回も選ぶか?ナオが日本語の歌詞を歌うのとシンクロで同時通訳する形で人々に訴えかける。


テレビ局の報道陣がこっちに中継カメラを向けてくる。「海を渡りおとぎ話 教え広めた病、後から来て銃で奪い自分のモノ扱い…」別に誰を責めているわけでもない、事実は事実として受け止めてこれから意識を変えていこう、そう言っているだけだ。「Push the wall!中国でもドイツでも結局崩れただろ、壁を押し続けろ!」今時独裁政権ってなんだよ、時代遅れにもほどがある。陣取りゲームがしたかったらモノポリーでもやってろ。


「クィーンズへ帰ってブラジリアンステーキ食おうぜ」今年の冬はマジで寒かったがなんとか乗り切れた。息子たちも頑張って跡継ぎの子育てをしてくれている。家族にたらふく肉を食わせて労いたい。行進はタイムズスクエアまで続くらしいが追従する氣がせず、その場を離れて駅に向かう。