大家: ・・・話というもの
は、聞いてみないとわから
ないものだ。

“もう一遍言ってみろ”まで
それほどの歴史があるとは。


・・・八公、今の女房の台詞を
聞いたか、話しを聞いたか。
お前の身体のことを思って
一生懸命だ。なぜ、そんな風な
言い方をするんだ。なぜ訳が
わからないことを言う。


なんだ、真っ青な顔ォして。
唇噛んで・・・血が流れてる
じゃないか。

えェ? あんまり勝手なこと
を言うもんで?腹の立つのを
通り越したァ?

お前なァ、今の女房の言った
ことを聞いたか。聞いた上
にまだ文句があるのか。 
ある? よォし、これっぱかり
でもあるンなら言ってみろ


八公: ・・・これっぱかり
どころの騒ぎじゃねェ。・・・

よォく聞いてもらいてェ。
・・・この野郎の言うとおり、
あっしが帰ェって来た時に
野郎が台所で生の大根きざん
でた、そりゃァそのとおり
なんで。

帰ェってくるとうちン中が
なんだか埃っぽいや。
おれァなんとなく障子の桟の
とこへ目が行ったんだよ。

で、指がスーぅっときて、
この指先見て、“汚ねェな”

・・・埃が付いてたから
“汚ねェな”これが嫌味かい?
素直じゃねェか・・・
埃が付いてんだから汚ねえの
は決まってら。

嫌味というのはな、この埃の
付いてる指先見て、“綺麗ェ
だなァァ・・・”これを嫌味
ってんだよ。ァア?


その次だってそうじゃねェか。
おれァかかぁのやってることォ
肩越しに覗いて、生の大根
刻んでるから、“あー、飯は
まだみてェだな”って心(シン)
から思ったからそのまま
言ったン。

素直なもんだよ。嫌味という
のは肩越しに生の大根つまんで
かかぁに向かって“ちょうど
食べごろだなァ”これを嫌味
ってんだい。そんなこと
いちいちケチつけられたらね、
夫婦の話なんて何一つでき
ませんよ。ェえ?


で、飯ァまだだからしょうがねェ
湯に行くしかねェや。

“じゃァ、湯に行ってくる”
そう言ったら、この野郎、
いとも簡単に、あっさりと
“それじゃァ子供を連れて
って”・・・・


大家さん知ってるでしょ、
あっしンところは八つを頭に
子供九人いるんだ・・・双子が
二組ある・・・・・

そんなものまとめて湯に連れ
てってごらんなさい、晩飯まで
済むなんてそんな生易しいもん
じゃねえ。
へたすりゃァ午前さまだ。


こないだなんか空きっ腹で
そんなことしたもんだから
湯殿で倒れて戸板で運ばれた
んだ・・・それでも、五度の
うち三度はあっしが連れてく
んだィ。小遣いぐれェねだった
って罰は当たらねえでしょ。


なんですか・・・梅干と沢庵
・・・ここが一番でえじな
とこだ。
たっぷり聞いてもらいてェ。

大家さんの前ェだけどね、
あっしァ梅干はけっして
嫌ぇじゃァねえ。どっちか
ってェと好きな方だ・・・・・

日に一っぺんぐれェなら・・・
来る日も来る日も朝昼晩朝昼晩
梅干だらけ。
昼のおやつから晩酌のつまみ
まで梅干が出てくる・・・

この野郎、ろくな女じゃァ
ありませんがね、梅干の料理
さしたら日本一だ。

梅干の焼いたの。梅干の
炊いたの。梅干の混ぜご飯。
梅干のから揚げ、梅干の
天ぷら。梅干の煮っ転がし・・・

こねぇだなんか梅干の一夜
干しって訳のわからねえもん
が出てきた・・・

こねえだ、おれァ弁当箱開け
たら、うちは日の丸じゃァねえ、
赤旗弁当・・・

近頃ァ梅の木見ただけでツバが
沸いてくる。 梅干飽きた
から沢庵にしてくれと言う
あっしの気持ち、わかって
もらえるでしょう? 



その5に続きます。