んまい、おいしいって言葉は
ひとりじゃまず使わない。
そう思っても黙って食べる。
行きつけの店では積極的に言う。
口に出すとうまいものが
ますますうまくなって、
だからみんなで食事する時
は一皿につき一回言う。
合間にどっちつかずの料理が
出てもいいとこを探してほめ
歯が一本残らず抜け落ちそう
な毒皿も決してその場では
貶さない。
これはおまじないのような
もので、ひとと食べるのは
幸せなことだからその時間を
膨らませるようにおいしいと
言う。
昨年暮れに実家で食べた
ローストビーフ。
肌理が細かくどこまでも
やわらかで噛むほどに弾ける
肉の旨味はすっかり飲み込んだ
後も口に残る。
この時を引きのばし、できる
ことなら止めたいからゆっくり
口だけを動かす。
常軌を逸しておいしいものを
食べると言葉を失ないます。
五十音順で食べ物コラムを
書きましたが本日「ん」の
項をもって完結です。
愛読ありがとうございます。
