最近では改札通る時、切符使わずに

携帯をかざすようです。

友達がその種の携帯を持っていて

改札通る時に、まじまじと見た。


本当に使えるのか、機械が誤作動

起こさないか。

「オマチクダサイ」
とか表示されて、処理が済むまで

改札に監禁されないか
不安は尽きない。



友が携帯をかざせば
すっと開く改札。

お待たせなし、遅延なしで開く。
便利なもんです。



聞けばコンビニや自販機でも携帯

かざすだけで買物できるらしい。


確かにコンビニで会計する時

小銭の扱い、面倒です。

ポケットで一円五円が
ちゃらつく生活と縁を切れる。



だけど自動販売機使う時は

硬貨を使いたい。


硬貨を入れる。
ボタンを押す。
品物が出てくる。


この流れあってこその

自販機なのです。


携帯でピッとするだけなんて
詰まりません。
味もそっけもない。

硬貨と自販機。
この固い絆を裂いてはいけない。



自販機の一番古い思い出は自宅
アパートのロビーに設置された
ジュース。


細長いガラスの扉を開くと瓶が
寝かされ、縦にずらりと並ぶ。


お金を入れると、瓶の首に
はまっていたロックが解除

され、引き抜ける。

脇の栓抜きでポンと口を

開けゴクゴク飲む。



硬貨を入れないでも扉が開いた
から、暑い時は顔を突っ込み
涼んだり。





東京タワー展望台の望遠鏡。
十円で三分。

ずっしり重たいけど左右に動く。


小さい頃は木箱に乗って遠くまで

広がる街を望遠鏡で覗く。



目の焦点が合うまでしばらく
かかる上、せわしなく望遠鏡を
振るから三分はあっという間。

いい所でシャッターは閉じ真っ暗になる。


それが不満でならない。

機械の中で不正が行なわれているに

違いないと思っていた。

今でもあるかな。





自販機の花形はやっぱり食べ物。


チューインガムはガラス扉の中に

整然と、しかも大量に並ぶ。


お金入れてボタンを押す。
後ろからガムがぐいと押し出され落ちる。


一部始終を目で見る事ができる。

それが楽しい。



映画館ではポップコーンの機械。

プラスティックのドームに
ぎっしり。


ドライブインではハンバーガー。
ポテトフライの機械も。


うどん、ラーメンの自販機が素敵で

硬貨を入れるとあつあつのやつが出てくる。

二、三分待つ。


出来上がるまでの間、機械が調理する

様を思えば、胸は高鳴る。

技術の進歩を、文明を感じる。




待ちかねて取り出し口にしゃがみこんでいると

発砲スチロールの丼がカランと落ちる。


やや間があって、うどんが落ちてくる。
続けて出汁。


うどんは半端にほぐれ、
「ボトボト」と、
出汁は「ジャバジャバ」と。


…その様は何かを連想させ、
見てはいけないものを
見た気になる。

食い気がしぼんでいく。



しかし硬貨を入れれば、うどんが出てくるのは

極めて未来で、近頃その種の自販機を

見なくなって寂しい。


味ですか?
ええ、おいしくないです。