近頃のゲーム機は途方もなく高性能です。


特にグラフィックの表現能力は
物凄く、キャラクターに半泣きで笑わせながら

喜びダンスを踊らせつつ、二万五千六百機の

巨大ロボと戦わせる事だってできる。

やろうと思えば。



ファミコンでは逆立ちしても
出来ない。


16×16のマスに四色で点を
打ち、登場人物を描く。

二枚の絵を交互に表示して動きを表わす。



上下左右、四方向で八枚、動かすから

倍の十六枚、絵を書く。

さらに止まっている状態で四枚。

計二十枚の絵があれば、キャラを

画面内で歩かせる事ができる。


これが映画でいえば、俳優さん。



ただ、とても小さいから感情表現が難しい。

その場で回転させ、喜びや困惑を

上下に跳ねて、怒りや驚きを
表現する。

ウィンドウに台詞を出しながら。



キャラに寄ったり引いたりできず

カメラは常に固定。

照明も融通が聞かないから、画面全体の明度を

上げ下げして、神の啓示や雷、衝撃を表わす。


お面被った俳優さんを、地上
十メートルから固定カメラを使い

照明ひとつで撮影する、って感じです。




私の担当するイベント作成は撮影と

演出プランを紙にまとめるのが仕事。

まとめて、プログラマーに渡す。



例えば、二人のキャラが画面左右から

登場して話をする、というイベント。

台詞を書き、場面、音楽や移動の
タイミングを設定すればOK。



これが登場人物十人、場面転換があり

合間に戦闘も入るとなると事態はややこしくなる。


台詞の量はもちろん増えるけれど同時に

複数のキャラを動かすから、移動ルートの

設定だけで頭が混乱してくる。



さらに、イベントが長くなれば、
「やらされてる感」が強くなり

客はうんざりする。

どこかでプレイヤーの操作が

可能な所を作らなくてはならない。


そうすると客は必ずおかしな事をする。

行ってほしくない場所に行ったり

話しかけてほしくない人物と話をしたり。


なぜそれをされると困るか。


町が怪物に襲われるイベントの
最中、隣町まで散歩に出掛け
られたら緊迫感が台無しになる。


散歩から帰って、まだ怪物が
高笑い、町が燃え続けている
ってのは変です。


散歩せずとも、プレイヤーが
民家に上がり込み世間話した時、

相手がのんきに亭主の愚痴を
言ってたらおかしい。


だから大きいイベントでは町の
住人全てに専用の台詞をあてがい

逃走防止の為、出入口を塞がねばならない。


作業を進めていくと、思わぬ所で仕事が雪だるま式に増え、かなり焦る。

仕事が仕事を生む。


ただ、やりがいはあった。

自分が設定したイベントが
ファミコン上で動いているのを
見ると、ジンとくる。


切羽詰まった現場だけど、
皆、作り込むのに熱心で、時間がない

から止めろ、諦めろということはなかった。


だからますます調子に乗って仕事を増やす。





ゲーム中、最後の決戦で巨大な

悪の親玉が登場する。

決戦前、音楽ではなく心臓の鼓動をバックに

流したい、そう思ってサウンド担当のKくんに話した。


最年少のKくんは、癖ある先輩に囲まれ

理不尽に耐え、怒りを仕事にぶつけていた。


声低く、のっぽで、仕事が早い。

サウンドに割り当てられたロムの容量は少ない。

なのに後から鶏や犬や猫の鳴き声を頼んでも

何とか算段して願いを叶えてくれた。



さすがに無理かなと思ったけど、頼んでみる。



「…戦い終わって親玉の鼓動が
 ゆっくりになって、心臓が一拍
 最後に画面フラッシュで
 親玉昇天!」


「どうですかKくん!
 かっこいいよね?っていうか
 可哀相な感じがイイよね?
 ね?そうでしょKくん!?」


熱弁ふるう私に確たる返事は
しなかったKくん。それでも

話は聞いてくれた。



何日か経って、
「あれ入れときましたから」


あわてて、モニターにヘッドホンを差し込み

親玉の許に行く。


心臓が、脈打っている。
でかい親玉の鼓動は太く重たい。


戦い済んで、往生際の台詞を言いつつ

脈打つ間が開いていく。

最後の鼓動が大きく響き、親玉は死んだ。



頭の中で考えたこと。

それが現実となり耳の中で鳴る。




Kくんの所に行き、
「ありがとう」と言った。


今でも思い出せば胸が熱くなる。
ありがとう、Kくん。



あと一回この項続きます。