「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」(川端康成「雪国」)

「吾輩は猫である。名前はまだ無い」(夏目漱石「吾輩は猫である」)

「メロスは激怒した」(太宰治「走れメロス」)

 

いずれも書き出しが有名な文学作品ですが、もう一つ、

私にとって心に残っている書き出しがあります。

 

「こいさん、頼むわ。ーー」

 

谷崎潤一郎「細雪」です。

 

 

 中学1年生の時、雑誌(別冊太陽「近代文学百人」)に、谷崎直筆原稿の写真が

掲載されていて、そこに達筆で書かれていました。

 

以来、いつか読みたい、と思ってきましたが、文庫本3冊の大作です。そのまま47年が過ぎていました。

「60歳にもなったし、今年こそ!」とゴールデンウイークに手にとりました。

途中で挫折してしまうか心配でしたが、予想以上に面白く一気に読み切ることができました。

 

時代は昭和初期。大阪・船場の商家に生まれた4姉妹の日常が次女・幸子を通して描かれていました。

 

三女・雪子の縁談に心を悩ませたり

四女・妙子の大胆な行動に振り回されたり

長女・鶴子と、妹たちとの関係を心配したり

 

(1983年版映画。長女・岸恵子。次女・佐久間良子、三女・吉永小百合、四女・古手川裕子)

 

決して大きな事件やドラマが起きるわけではないのですが、美しい大阪弁とともに細々とした4姉妹の日常が伝わってきました。

読みながら、雪子さんにヤキモキし、妙子さんにハラハラし、幸子さんを励ましたり。自分が貞之助(幸子の夫)になったような気持ちにもなりました。

 

10代の時だったら、ゆっくりとした展開に退屈したかもしれません。

60歳になった今の自分だからこそ、引きこまれたようにも思いました。

 

ところで、書き出しの「こいさん」ですが、

漠然と、四姉妹の誰かの名前(の一部)だと思っていました。

 

(谷崎潤一郎)

 

違いました。

 

かつて大阪・船場の商家で使われていた言葉で、

長女のことを「いとさん」。

妹のことを「小さい いとさん」→「小いとさん」→「こいさん」

と呼んだのだそうです。

 

冒頭は、次女の幸子さんが末妹の妙子さんに声をかけるシーンなのでした。

 

今度、大阪に行った時、船場を歩いてみたいと思います。