クーラント(Courante)は3/4または3/2拍子のテンポの速い音楽で、前回も書いたようにルイ１４世の宮廷でよく踊られていた舞曲の一つらしい。

クーラントの語源は「走る」(Courir)というフランス語の動詞の変化形だと思うが、「流れ」を表すCourantの女性形とも考えられる。

走る音楽なのか流れる音楽なのか？世の中は便利になったもので20年前バッハを録音した時は存在するのは知っていたが見たこともなかったバロックダンスというものが簡単に見られるようになった。例えばこんなのがある。

ところが困ったことにこれはバッハやクープランが書いたクーラントとはかなり違う。しかしよく聞くとどうやらこの映像の音楽は「フランス風クーラント」のようだ。

またフランス風が出たが実はクーラントにはイタリア風の"Corente"（コレンテ）とフランス風のクーラントがある。

この二つはまるで似ていない別の音楽だ。どんなのか楽譜を見比べてみることにしよう。

チェロ組曲のクーラント

第1番　3/4

第2番　3/4

第4番　3/4

第6番

この５曲は全て「イタリア風」のコレンテ。3/4拍子で8分音符のアウフタクトがある。

バッハはこの5曲でちょっとイタズラっぽいことをしている。

第1番は8分音符と16分音符の組み合わせが主体。第2番は今度はほとんどが16分音符、第3番はほとんど8分音符で書いている。では第4番はどうか今度は今までの３種類の音符に３連符を加えて変化をつけている。

どうでしょうか。面白いと思いませんか？

最後の第6番のリズムの構成などは第1番のにほとんど同じである代わりに、かなり手の込んだ音楽にしている。

さてそれでは第5番はどうだろう？

3/2拍子なので見た目も違う。こちらがフランス風クーラント。第5番は前にも書いたが組曲自体がフランス風なのだから当然と言える。

バッハの書いたフランス風クーラントは見た目も音楽の作りもクープランのそれに酷似している。ほとんど「模倣」と言ってもいいくらいだ。

バッハの第5番のクーラント

上のバッハの譜例は、赤いかぎ印で囲ったのは拍子の取り方で、3/2なので4分音符２個が１拍で、それが1小節に3回ある。ところが一番下の最後の小節は4分音符３個のグループが二つに変化している。6/4拍子ということになる。

おまけにこの2段目最後の小節から次の小節までは、カギで囲ったように2分音符２個のグループが小節を跨いで3回の音楽になっているように思える。これは専門的にはヘミオラとよばれるが、複雑さをさらに助長している。

こういう変化を自在に行うのがフランス風クーラントで、デカルトの国のとても複雑で「頭脳的」音楽と言える。

こちらはクープランのチェンバロの音楽より第１集の第1番クーラント。いきなり最初の小節から6/4で次が"3/2というように交互に拍子が変化する。

音楽がこのように複雑なのでフランス風クーラントはあまり速いテンポでは弾かないのが通常のようだ。上の楽譜にModeratoとあるがこれが楽譜の編者が加えたもので、原曲にはないがこの方もやはり速くないテンポを考えているようだ。

第1番と第6番のクーラントにはもう一つ興味深いことがある。それは他のフランス風クーラントの３曲と異なり奇数小節の分割が現れることだ。

第6番は技術的にもかなり技巧的だがそれはこの小節の分割の仕方にもよるかもしれない。少し長いが見てみよう。

初めの14小節は2小節が7回（これも奇数）だがその次から3小節、2小節（5小節）次が3小節を3回というふうにフレージングされている。

これを知らずに2小節割り風に弾いてしまうと意味不明の文言を話しているような音楽になってしまうのだ。