観察者としての意識が自分
【心の操縦術】観察者としての意識が自分
こんばんは、心の操縦術案内人☆本田です。
昨日「ありのままの自分を見るにはどうしたらいいのか」という質問をいただきました。
「ありのままの自分」
見たいですよね。
でも見えてるはずなんですよ、実は。
もしかしたら見えないと思ってるだけかもしれません。
もしかしたら自我を見て自分だと思っているのかもしれません。
もしかしたら今の自分は自分じゃないと思い込んでいるかもしれません。
もしかしたら本当は凄い力を持っているんじゃないかって思い込んでいるかもしれません。
そんな事を感じたり、考えたり、演じたり、何かをしている全部がありのままの自分ですよ。
エッチな事を考えるのも、そんな事を考えてはいけないと思うのも、ありのままの自分。
もっとお金が欲しいと思うのも、強欲はいけないと思うのも、ありのままの自分。
愛したい、愛されたいと思うのもありのままの自分。
自分はもっと何か違う役目があるんじゃないかと考えているのも、ありのままの自分。
そんなことを感じているのが自分であり、観察者としての意識が自分ですよ。
ありのままに自分を見るって、心に感じる事を否定しないで、肯定しないで、ただ感じることです。
感じる事を続けていくうちに、自我のやる事がなくなってきて、おとなしくなってきます。
そうしている時に、子どもの頃に傷付いて、まだ癒されていないことが浮かんできたりするんですよ。
やりたかった事を思い出したり、もうやりたかった事をやっていることに気付いたりするんです。
フィールセラピストはるみさんが、来月三鷹の舞台で、斉藤和恵さんを演じるんですよ。
斉藤和恵さんを演じる、はるみさんも
イイ呼吸と声の先生をやっている、はるみさんも
家に帰って家族と過ごしている、はるみさんも
全部ありのままの、はるみさんだと思いませんか?
自分じゃない自分を演じているのも、素の自分も、ありのままの自分だってことです。
今ここにいるのが自分です。
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心の操縦術案内人☆本田直樹